「ヘェ、どうやってやるのさ。コイツにボクを負かすほどの頭があるとは思えないけどね」
そりゃご尤もで。仮に頭脳戦でアリエッタが勝ったならば、シンクは参謀長を辞めるしかなくなる。
そんな事は百も承知なのか、クリフはニヤリと口元を上げるとアリエッタに許可を取り、彼女から蜜柑を一つ貰うとそのままシンクに近付いてきた。
「誰もアリエッタ自身が相手をするとは言ってませんよ。それに頭を使うと言っても、真っ向から勝負する程クソ真面目でもないのでね」
そう言った瞬間、クリフはシンクの顔面目掛けて蜜柑を持った拳を突き出し、勢い良く握り潰した。恐らく蜜柑の汁を目に入れると言った小学生がよくやるような悪ふざけをやりたかったらしい。上手い事仮面の下からやったそれは綺麗に斜め上に向かって真っ直ぐにその汁を飛ばした………が、
「おっと」
ベチャ
「あ……」
「おや?」
飛んできた汁を寸前の所でシンクは回避した。ならば標的を失った汁はどこに行くのか。斜め上に飛んでいたソレはあろう事か奴の後ろにいたオレの両目に見事に命中したのだった。
「……………」
視界が見事な橙色に染まった。幸い、コンタクトレンズのお陰で直接汁を受ける事はなく染みはしなかったが、これは絶対にレンズに蜜柑の実も付いている事だろう。
そんな事を思っていると約二名ほどが爆笑をし出した。
「ぶっ……あははははっ! 何コレすっごいウケるんだけど!! アンタどんだけ命中率良いのさ」
「ククッ……そりゃアレですよ。あははっ、正確な位置計算をした私の頭の良さですよっ……ププ」
「あはははっ、よく言うよ」
「クリフ、すごいです」
「すごくねーよ」
そう言ってゲラゲラと笑い続ける二人とズレまくっているアリエッタの頭に一発ずつ拳骨をかまし、オレはこの状態を何とかすべく近くのトイレへと向かった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「ったく、ホントにアイツらといると碌な事がねぇ」
チッと舌打ちをしながらコンタクトレンズを外してたっぷりとついた蜜柑の汁を拭く。しかしこれがまた綺麗に拭く事が出来ず、苛々が募っていく。
「あークソッ、面倒臭ェ!」
これは一度部屋に帰って専用のクリーナーを使わないと駄目だろう。あと、消毒もだ。
仕方ないと溜め息を吐き、レンズを握り潰さないように掌に乗せてトイレを出た。視界がぼやけるが、まぁ部屋までなら行けない事もないだろう。
そう思って足を進めようとした時、誰かがすごい速さで通り過ぎていった。
「もうっ、しつこいっちゅーの!!」
アニスだった。まるで何かから逃げるように走り去るその後ろ姿を見ていると、彼女が走ってきた方向から更なる声が聞こえてきた。
「アニス! 逃がさないんだから!!」
それは先程食堂にてシンクに文句を言っていた筈のアリエッタで、今度はアニスを追っているようだった。
それにしても今日のアリエッタは怒ってばかりである。元々はかなり大人しい性格の筈なのだが、導師やオトモダチとやらが関わるとなかなか豹変するようだ。
「しつこいわよ根暗ッタ! そんなんだからイオン様に嫌われるんじゃないの!?」
あ、地雷。そう他人事に思いながらもアリエッタを見ると、案の定縫いぐるみを抱える手を怒りに奮わせていた。