どうしよう。身体の感覚がまるでない。確かディスト辺りが絶対安静とか何とかほざいていたような気がするが、どうだったかな。
フラフラとした足取りで教会の長い廊下を歩いていると、遠くからピアノの音がするのに気が付いた。
(ん? この曲は………)
♪────♪──
ハッキリと耳に入ってきたその旋律にハッとした。この曲は、オレが夢の中で何度も聞いたあの曲だった。
「……………」
足は自然と音の方に向かって前進していた。身体の方が何だか警告の悲鳴を上げているような気がしたが、よくわからない。何も考えられない。頭がボーっとする。そして何だか……すごく暑い気もしてきた。今って何月だっけ?
そんな訳も分からない問答を繰り返している内に音のする部屋の前に来ていた。
(………ここって、確か)
部屋、と言うより……寧ろ大聖堂の裏口だった。こんな所にピアノなんてあっただろうか。そう思いながらもゆっくりと扉を開いて中へと入る。
今は礼拝の時間ではないらしく、大聖堂の大扉は固く閉められており、参拝客の姿はない。普段いる筈の詠師らもいないようだった。
そしてそんな広い空間に一人だけ、そいつはいた。
♪────♪──
──♪─────♪──
♪──♪───……
金の長髪に白い法服。背格好からして男だろう。今の視力で顔までは確認する事は出来なかったが、そいつは大聖堂の端っこでピアノ………と言うよりオルガンを弾いていた。
……つーか、
「誰だあんた?」
初対面相手に不躾、と言う言葉なんてオレは知らない。そいつは鍵盤を弾く手を止めるとこちらを見て、どこか驚いたような声を上げた。
「うおっ、こりゃ意外な奴が来たもんだな」
今いたのか、などと続けられ訝しぶ。
「何だよ、いちゃ悪いってのか?」
「いや……そんな事はないが……………て言うか、お前オレ様を見て驚かないのな」
と、何故か不思議そうに言われた。だが正直に言おう。不思議なのはこっちだ。
「意味わかんねェ。何だテメェ、オレの事を知ってるみたいな口しやがって」
畜生、視界さえ良ければ意味不明男の顔を拝めるってのに。
「ん? 何だお前目が悪いのか」
目を擦ったり細めたりするオレのそんな行動に相手は何やら勝手に納得したようだった。……いや、今はそんな事はどうでも良い。
「さっきの曲……」
「ああ、さっきのか。あの曲を知ってるのか?」
「知らねェ……知らねェけど、なんかよく夢で聞く」
それはあんたに何か関係があるのか?
「さて、どうだろうな」
「っ、オイ! 知らばっくれ………!?」
勢い良く怒鳴ったのがいけなかったらしい。一気に頭に熱が上ると力が抜けてしまい、床に倒れ込んでしまった。
(ヤベェ………)
「大丈夫か?」
そんな声が上から聞こえてくるが、顔を上げる気力すらない。まだ、大事な事一つ……聞けてないのに………。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「…………」
「おーい、生きてるかー?」
突然倒れたまま動かなくなったグレイにトゥナロは呼び掛けるが、まるで反応がない。一応脈を取ってみると、意外と身体が熱くて驚いた。肝心の脈も……相当無理をしたのかかなり早い。
「オイオイ………コイツこれでよく出歩けたな」
思わず苦笑いが出てしまう。トゥナロ自身、まさか今の時期に彼と会うとは思ってもみなかった。予定では、もう少し先になる筈だったのだ。