忘れられた子守唄 (14/21)

「ねぇ、フィリアム」



話しかけると、彼はコーヒーを淹れようとしていたのかカップを手にしたまま振り返った。



「何?」

「あの……」



どうしても、聞いてみたい事があった。



「どうしてフィリアムは、グレイの弟になったの?」



普通なら、自分の被験者を姉として選ぶのではないだろうか。彼女はアッシュのように自分のレプリカを憎むどころか、寧ろとても可愛がっていたように思えた。
でもアリエッタが見てきた中では、フィリアムはいつも彼女をどこか避けているようだった。それ一体、何故なのだろう。
それが気になって仕方がなかった。



「何であの人の弟になったか、か。……何でだろうな」

「………え?」



どう言う事、とフィリアムを見ると彼は苦笑しながらコーヒーを淹れていた。



「俺にもよくわからない。気付いたら、あの人が全部決めてた」

「それって、無理矢理って事?」

「無理矢理……とは少し違うかも」



ますます訳が分からなかった。首を傾げていると、彼はコーヒーに砂糖とミルクを入れながら思い出すようにゆっくりと話し始めた。



「俺はレプリカとしてこの世界に生まれた直後、失敗作として廃棄されかけたんだ」

「廃棄?」

「つまり……要らないから捨てられそうになったって事かな」

「あ………」



捨てられる……。それは親から離され独りになる事。状況的にはずっと違うが、それはアリエッタ自身にも覚えがあった。その寂しさを知るからこそ、彼女は俯いた。



「ごめんなさい……」

「気にしなくて良いよ。……それで捨てられそうなった時にさ、あの人に助けられたんだ」

「あのグレイに?」



意地悪なのに、と思わず呟くとフィリアムはもう一度苦笑を漏らした。



「正確には少し違うんだけど……正確には、訊かれたんだ」



それで良いのかって。



「あの人は俺にこのままで良いのか、どうしたいんだって言う選択肢を俺にくれたんだ」

「選択肢……」



それはあの時、彼女にもグレイから与えられた。このままで良いのか、それで良いのか……と。



「俺はこの世界を知りたかった。この身体で感じて、この足で思いっ切りこの世界を駆けてみたかったんだ。そして何よりも……」



伸ばされたその手が暖かくて、懐かしかった。



「兄貴って普段あんな感じだけど、決して冷たい人間じゃないと思う。ただ、見てるとどうにも自分でもそれに気付いていないみたいなんだけど……でも、いつも一杯考えて、悩みながらも俺達にその選択肢《光》をくれているよ」



だから俺は兄貴が自分を義弟にすると言った時、すごく嬉しかったんだ。どうして俺を選んでくれたのか、その理由は結局の所はわからないけど。でも……その気持ちは変わらない。



「支えてくれる誰かがいると言うのは、とても安心できるんだよ。君にはいないか? そんなヒトが」

「支えてくれるヒト……」



そう言われて直ぐに出てきたのは己の義母だった。人ではないが、彼女にとっては、今の彼女を支える大きな存在だった。









じゃあイオンは?

……違う、彼は自分を支えるのではない。自分が支えるべき人だ。彼には沢山の部下や導師守護役がいる。でも、自分は……彼だけの大切な支えになりたかった。

導師守護役を解任されてから、ずっとずっと泣いていた。立ち止まって、ただ彼の名前を呼んでいるだけだった。
シンク達に馬鹿にされた時、ただ怒って八つ当たりをしているだけだった。本当に怒っていたのは彼らにではなく、自分にだった。

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