忘れられた子守唄 (13/21)

「煩ェ、わかったから用が済んだらさっさと出てけ」

「お礼の一つも言えないとは、ホントに可愛げのない子供ですね!」

「……………」



子供、ね。

黙り込むオレを気にする事なくディストはブツブツと文句を垂れながら部屋の扉へと向かう。ドアノブに手を掛けて捻った時、ふと思い出したかのように振り返った。



「ああ……それと一つ言い忘れていましたが、コンタクトレンズを使うならソフトの使い捨てをお勧めしますよ」

「!!?」

「貴方のように只でさえ動き回る仕事をするにもその方が便利ですし、何よりも割れにくいですからね」



と、言うだけ言うと呆然とするオレに勝ち誇ったかのように、いつもの煩い高笑いをしながら部屋を後にしたのだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







アリエッタは掌の上にある物を見ていた。この間、アニスを追いかけていた時に誤って壊してしまった物だったのだが、あの時は謝る前にグレイがキレた為、結局謝るどころかこちらも逆ギレをしてしまった。



「これ、何に使うんだろ……」



首を傾げながらうーん、と考えるが、さっぱりその使用用途がわからなかった。


アリエッタの傷は顔の痣と浅い切り傷、壁にぶつけた際の打撲であったが、それらは帰りの船に滞在していた治療士《ヒーラー》によってほぼ完治した。
アリエッタ自身も一応だが第七音譜術士で、まだ自分が導師守護役であった頃にイオンから治癒術を教えてもらっていた。
しかしあまり得意ではなく、高位の物は覚えられなかった。その代わり彼女は補助術に長けていたのだ。

だからこそグレイが重傷を負った時、自分では無理だと思ったアリエッタは解毒だけ行い、真っ先に船にいる治療士を頼った。

だが、治癒術とは本来は傷の治りを促進させる為の応急処置でしかない。あまりに深すぎる傷では間に合わない可能性もあった。ダアトまで治療士には術を施し続けてもらったが、傷は何とか塞がったものの熱は下がらず、一向に目を覚ます気配もなく背筋が凍り付く思いだった。
ダアト港に着いて直ぐにグレイをライガに乗せ、ディストの元に向かった。途中出迎えに来てくれたクリフが着いてきたが、それを気にする余裕はなかった。












死んで欲しくない。ただそれだけの思いだった。


グレイはとても意地悪だ。クリフや彼の幼馴染みと違って、アニスやシンクと同じ様にいつも自分に嫌な事を言う。そして何より直ぐに怒るし、叩く。

大嫌いだった。導師守護役を解任されて、泣いていた時だって意地悪な事を言われた。彼が自分を気に入らないのは知っていた。だけど何故気に入らないのかはわからない。聞いても教えてくれない。

でも……あの時に頭に置かれた手だけはとても暖かかった。彼が作ったお菓子のせいじゃない。もっと違う。心がホッとするような、そんな暖かさだ。



「あれ、アリエッタ?」



そう言って彼女を呼んだのはフィリアムだった。ここは今はバチカルにいるヴァンの執務室。彼がいない時は大体が六神将やその補佐の休憩所となっている。だからフィリアムがここに来るのも決して不思議な事じゃない。



「フィリアム……」

「怪我、大丈夫なのか?」

「アリエッタは、大丈夫……です」



そう言うとフィリアムはそうか、とだけ言った。

彼はグレイの義弟で、"とくしゅ"なレプリカだと言う。その被験者はグレイの幼馴染みだが……何故か彼女ではなく、グレイの"弟"と言う事になっている。

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