Rondo of madder and the scarlet
- お留守番- Disasters - -


「「………………………」」



ルークは今、洗面所にいた。彼の目の前には己の物より暗い紅色の髪をした少女こと宙が立っている。
その宙を含め、今現在ルーク達は全身びしょ濡れの泡だらけの状態で立ち尽くしていた。
ついでに言うならば、洗面所も泡だらけの水浸しの状態である。



ゴウン……ゴウン…………



そんな二人の横では進行形で蓋のしまっていない洗濯機が稼働している。



「……………」



おかしい。確かに自分は今はここにはいない茜の言う通りに『センタクキ』とやらを起動させた筈だった。

…………………筈だった、のだが。



「…………あのさ、ルーくん」



この気まずい沈黙を先に破ったのは宙だった。



「こうなった理由、わかる?」



その問いにルークはやはり無言で首を振った。

洗濯をやると申し出たのは自分だった。しかし嘗ての旅の中で手洗いをした事はあっても、洗濯機なんて見た事も聞いた事もなかったルークは茜に使い方を尋ねたのだ。
茜はルークにそれはそれは丁寧に、そして簡潔に教えてくれた。

1、洗面所にある大きな機械の蓋を開ける
2、機械の横にある籠の中にある洗濯物を機械の半分から三分の二ぐらいまで入れる
3、すぐ側にある棚から洗剤と柔軟剤と書かれた物をそれぞれの説明の通りに適量入れる
4、スイッチを入れてスタートボタンを押す

ルークは間違いなくその説明通りにやったのだ。それはもう一言一句間違えずに。

…………そう、言われた通りにしかやらなかった為、一番肝心な事を彼は忘れていたのだった。










洗濯機の蓋を閉めると言う、重要な作業を…………



*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇




「うん、いやさー………最近の洗濯機は蓋が閉まってないと動かない物が殆どなんだよね。ウチのはかなり古い物だったから一概に君やあーちゃんのせいとは云えないし、仕方がないっちゅーか、ね。まぁ、とにかくアレだ。次は気を付けてくれよ!」

「あ、うん…………ホントにごめん」



細々と謝るルークに宙は「もう気にしてないよ」と笑った。先程の無言無表情と言うのはどうやら突然の事に驚いていただけらしい。
でも確かに、ルークの様子を見に洗面所に入った瞬間に洗濯機が爆発するなど、普通なら有り得ないのだろう。壊れなかっただけ本当に良かったと思う。

あれから二人で洗面所を掃除して、順番にシャワーを浴びて着替えた。勿論、洗濯物ももう一度洗い直して今はベランダに干している。
昼もだいぶ過ぎてしまっているが、天気が良いから夕方には乾くだろう。



「それにしても、何できいなり洗濯なんてしようと思ったんだ?」



無理にやらなくてもこっちでやるから良いのに、とまだ乾き切ってない髪をタオルで拭きながら宙が問い掛けてくる。
それにルークはうっ、となった。



「それは……………いつも世話になってばかりだったからさ……………その、せめて何かお礼をしようと…………」



本当は洗濯以外にも、茜や遥香が出掛けている今日の内に家の掃除とかもやっておきたかったのだが、この調子では余計な仕事を増やすだけに成りかねないだろう。

はぁ、と大きな溜め息を吐くと宙が肩をポンと叩いてきた。



「まぁ、その志は良い事だと思うよ。それに失敗なんて誰にでもあるからそう落ち込むなよ。別に取り返しの付かない訳じゃないし、ね?」

「取り返しが付かない、か」



ふと、ルークはオールドラントでの事を思い出す。失敗なんて、沢山してきた。
料理や洗濯みたいな些細なものから、戦闘のように生活や命に関わることまで、本当に沢山…………。



「そう言えば、宙は違うオールドラントに行った事があるんだっけ?」

「うん、あるよ。君とは違うルークに会ったし、勿論君が旅した時にいた仲間にも会った事がある」

「宙って、向こうで何をしていたんだ?」



己の過ごした向こうでの時間には宙はいなかった。ならば、宙が介入したその時間では、こちらとは違う未来を辿った可能性があるだろう。
思えば、オールドラントに行った事があると言うだけで、詳しく話を聞いた事はなかった気がする。
何となくそう聞いてみれば、宙は懐かしそうに笑った。



「自分探しと、預言【スコア】ねじ曲げ大作戦」

「え、と………?」



預言ねじ曲げ、とは恐らく預言を覆す事だろう。でも、自分探しとは一体何なのだろうか。



「君が思っている以上に、あの時間軸とは関わりが深かっただけの話だよ」

「聞いちゃ不味かったか?」

「そういう訳じゃないけど、今のルーくんには何の得にもならない情報だよ。それに君に言ったら君の世界の眼鏡大佐に呪われそうだ」

「そ、そうか」



それはそれで興味があるが、本当に彼ならやりそうなのでそれ以上は聞かないでおこうと思った。



「それよりルーくんさ」

「うん?」

「君はあたしが行ったオールドラントではどんな事があったとか、どんな結末を迎えたとかは聞かないんだね」



そんな宙の言葉にルークはハッキリと首を横に振った。



「確かに凄く気になるし、さっきも聞こうと思ってたりもしたけどさ……………やっぱり、良いや」

「どうして?」

「さっきお前が言ってた通り、今の俺には何か得する情報じゃないし、例え聞いたとして、俺の歩んできた時間と比べたくはないからさ」



確かに失敗は多かった。取り返しの付かない事も沢山した。けれどそれ以上にあの世界で過ごした時間は、仲間との思い出はルーク自身の宝である事には違いがないのだ。

そう宙に言うと、彼女は「そっか」とだけ返して立ち上がり、どこかへ行ってしまった。



「…………?」



不思議に思って彼女の出ていった先を見詰めていると、宙はすぐに戻ってきた。



「はい、これ」



そう言って手渡されたのは二枚の紙だった。



「これは?」

「遊園地のチケット。バイト先でもらったんだけどさ、なかなか使う機会がなくってさー。だから、これであーちゃんと遊んできなよ」

「え、でも………良いのかよ?」

「うん」



宙は頷き、そして笑った。



「あーちゃんね、こっちに来てから凄く明るくなったんだ」

「茜が?」

「あの子、昔から人見知りが激しくてね。おまけにかなりのビビリ屋だったから、あまり親しい友達ってのがいなかったんだよ」



それに関しては、今までも何となくそんな感じはしていた。人の反応に人一倍驚いたり、警戒するような仕草は所々で見られていた。
それに本当に時々だが、稀に仲睦まじい人達を見て冷めたような、悲しそうな目をする時がある。あれも人見知りの内なのだろうか。



「友達も増えて、少しずつだけど人を信頼し始めてる。人を信じる事、愛する事を解り始めてるんだ」



これは身内だけでは出来ないこと、他者との関わりを持って初めて意味を知る事の出来る感情でもあると、宙は言う。



「詳しくはあたしからは言えないけど、あの子は人の絆ってのを信じていないんだ。でも君と一緒にいるようになって、西高の人達と関わるようになって変わってきている。だから、」

「人を信じられるように、俺に支えて欲しい?」



そう彼女の言葉を先に言えば、宙は「そゆこと」と苦笑した。



「ルークが何かお礼をしたいと考えているなら、あの子と………茜の側にいて見守ってあげて」

「わかった。それが、俺に出来ることなら」



ルークは一つ頷いてチケットを受け取った。それに宙は満足そうに笑ったのだった。



2013.10.5
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