Rondo of madder and the scarlet- -
【2/2】
「え……?」
『……この地の人間ではないのだろう? なら、あまり長く留まらぬ方が良い』
そう言って女は茜の手を持って立ち上がらせた。
「………………!?」
触れたその手は氷のように冷たかった。
そしてその時漸く、茜の思考は動き出し、ここに来る前に聖達が話していた事を思い出した。
(もしかしてこの人…………)
もし、それが本当ならば自分は今神隠しに遭っていると言う事なのだろうか。
果たして目の前の彼女は信用して大丈夫なのかと不安な面持ちでいると、女はそんな考えを見透かしたかのように言葉を紡いだ。
『そう警戒するな。お前はここに迷い込んだだけなのだろう?』
「そう、ですけど………」
『なら、私はお前を出口まで送る』
つまりそれは、その方がお互いに良いと言う事なのだろう。
ここは明らかに他とは違う。安易に足を踏み入れるべきじゃない。
しかし間違えて迷い込んだだけならば、自分達に害を加えに来た訳じゃないのならば、こちらも何もせずに元の場所に返そう…………そう言っているように感じられた。
ならば、それに越した事はないのだろう。
茜は素直に頷くと、小さく「お願いします」と頭を下げた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
女に連れられて暫く無言で歩いていると、やがて森に入り、本来の夏の夜の暖かさと虫の声が戻ってきた。
『ここまでだ』
彼女は立ち止まり、振り返りながらそう言った。そして直ぐにその場から立ち去ろうとする彼女に茜は慌ててお礼を言おうと口を開いたが、それと同時に聞き覚えのある声が被せられた。
「茜!!」
「ルーク!?」
声の主を向けば、ルークがこちらに向かって走ってきていた。そのまま茜の前まで来ると、いきなり両手を捕まれた。
「茜!! 大丈夫だったか!?」
「え、あ、はいぃっ! だ、だ、大丈夫よ………」
あまりにも突然で、そして必死な表情に一瞬吃驚するも、何とか己の無事を知らせる。
捕まれた両手は女の時とは違い、酷く熱を帯びていた。普通より温かいそれは、彼が一生懸命探してくれていたのだろう事を物語っていた。
「手、随分と冷たいじゃんかよ。………その、直ぐに見付けられなくてごめんっ」
「え、違うよ。ルークが謝る必要はないわ! 寧ろ、私の方が勝手に飛び出して皆に迷惑を掛けたんだし………本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げて謝れば、ルークは苦笑して頭を軽く小突いてきた。
「本当だぜ………マジで焦ったよ」
「ごめんね」
「いいよ。でも後で聖達にも謝っとけよ」
頭を撫でながらそう言われた言葉に茜はうん、と頷いた。
『異なる時間と空間を生きる者、か』
ふと、そんな言葉が聞こえて茜はハッとして女を見ると、彼女はルークの方を真っ直ぐと見詰めていた。
「あんたは?」
『…………………』
ルークの問いに彼女は答えず、代わりに今まで無表情だった顔に少しの笑みを浮かべた。
『ここは自分の意志で動く世界だ』
「え?」
『待っているだけでは何も始まらない。留まるも帰るも、お前次第だ』
そんな女の言葉にルークを見れば、彼は驚いたような顔をしていた。
彼女はルークが何者で、どこから来たのかを知っているのだろうか。だとすれば、留まるも帰るも……と言うのはこの世界とルークが本来いた世界を示しているのは明白だろう。
(ルークが、帰る………?)
帰る為にはルーク自身の意志で動く必要がある、と女は言った。一つの希望が見えた事、それは喜ぶべき事だ。
しかし何故だろうか、嬉しい筈なのに………心にはどこか引っ掛かりを感じずにはいられなかった。
『おい』
不意に女に呼ばれ、彼女を見る。
『ここは、自分の意志で動く世界だ』
先程ルークに言ったのと全く同じ言葉を、今度は茜に向けて言った。
それがどう言う意味かを考えあぐねている内に、彼女は冷たい風と共に消えてしまった。
「消えた!?」
「………結局、お礼を言えなかったなぁ」
いや、それよりも本当に彼女は何者だったのだろうか。恐らく、聖や清乃の言っていた"雪女"とは彼女の事なのだと思う。
しかし伝説の妖怪(と言っては失礼だけど)が異世界の事を知っているモノなのだろうか。
「何か………不思議な感じだったな」
「うん、そだね」
なんて言いながら女がいた場所を見詰めていると、突然大きな声が聞こえてきた。
「あーちゃんーーーー!!」
その声に振り向く間もなく、背後から思いっきり抱き締められた。
「ひぃっ!?」
「あーちゃん! やっと見つけたでー!」
「む、睦……くん」
抱き付いてきたのは紛れ間なく自分達の探していた睦本人だった。
やっと見つけた、と言うかその台詞は彼が使うべき言葉ではないのでは、と思っていると、彼は誰かに頭を殴れていた。
「元はと言えばお前のせいだろ、馬鹿吹」
「いったぁー! いきなり殴るやなんて聖ちゃん手厳しいわー……」
そう言いながら茜を離した睦に彼を殴った聖と、彼の後ろから着いてきていた愛理花は呆れたように溜め息を吐いた。
「寧ろこれで済んだと思うだけ有り難いだろうが」
「そうですよ。貴方がせっかちにも探索を待たずに一人で行くからこちらで探す事になったんですよ。……おまけに、やっと出てきたと思ったら茜ちゃんを驚かせて逃げられちゃうし」
あの時肩に置かれた手は睦の物だったらしい。そう理解すると同時に茜は怒りを覚えた。
「睦くん……………」
「あ、はい……なんでっしゃろか?」
流石に空気を読んだらしい睦は引き釣った顔でそう答えるが時既に遅し。茜は目に涙を溜めて右手を振りかぶると、そのまま彼の頬に叩き付けたのだった。
「睦くんのバカっ!!」
そう言ってフン、と顔を反らすと痛みに悶える睦を残して茜は歩き出した。
「あーちゃん堪忍やぁ〜〜〜いてててっ」
「自業自得………って奴なのかな」
ルークが苦笑しながらそう漏らせば、聖が無言で肩を叩いて残念そうに首を振ったのだった。
それから次の日に改めて皆で森を探索し、夕方にはバーベキューをしたりと、充実した田舎旅行を楽しんだのだった。
2013.10.2