Rondo of madder and the scarlet
- 夢現の村 -

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鬱蒼と繁る森。先程までとは明らかに違う空気を纏った空間に、夢中で走り続けていた茜は漸く足を止めた。



「はぁ、はぁ………はぁ………」



荒くなった息を整え、辺りを見渡す。当然ながらルーク達の姿はない。
自分が走ってきた方を見ても道はなく、先は暗くて何も見えなかった。おまけに、まだ夏だと言うのに虫の声一つ聞こえず、心なしか冷気が立ち込めているようにも感じた。

やってしまった、と思うには既に遅かった。




「ルーク………愛理花ちゃん、桐原君……………ムゥくん………どこにいるの………?」



睦を探しに来ていた筈がとんだミイラ取りだった。あの時、肩にに置かれた手の正体をきちんと確認もせず、ルークの制止も聞かずに走り出してしまった自分を殴りたいと思った。

茜はもう一度辺りを見渡す。しかしその目に映る景色が変わることはなく、ただ夜の暗い森が広がるだけだった。



(怖い…………怖いよ……誰か……)



独りは怖い。



(ムゥくん、宙…………っ)



『置いてかないでよ。わたしを独りにしないで……!』



いつだったか、宙がいなくなって、ずっと一緒だった睦までもがいなくなってしまった時の事を思い出してしまった。
別に会えない距離に行ってしまった訳じゃない。ただ少し遠くに離れて、毎日顔を会わせられなくなっただけの事だった。電話を掛ければ声は聞けるし、沢山の相談にも乗ってくれた。

それでもやっぱり顔を見れないのは、近くで触れる事が出来ないのは寂しかった。
あの時は丁度家では問題もあり、父や母といたくなくて、でも誰かといたくて、特にそう思っていた。

そんな時、睦に言われたのだ。



『やったら、俺んとこ来ェへん? 宙や、昔会ったりっくんもおってめっちゃ楽しいで!』



元々、人見知りだった茜にとって従姉妹である宙や睦と言う存在は、親友であり、家族のような、ずっと身近にあるものだった。
友達がいなかった訳じゃない。でも決して心を許す事がなかった。
それは茜自身が周りを信用出来なかったからだ。相手が自分に向ける目が、心が怖くて、…………そして何より自分の臆病さ故に二人や家族以外の他者と関わる事が出来なかったのだ。

最近ではその家族でさえも信用出来かねている状態だった。そんな中での彼の言葉は、寂しさに限界の来ていた茜にとって何よりの救いの言葉だったのだ。

でも今は、睦もいなければ宙もいない。今の街に来てからいつの間にか増え始めた友達も………ルークもここにはいない。



「ルーク………」



異世界から来た青年。人見知りで、人付き合いが苦手な茜が初めて近付いた人。何故かはわからないが、彼だけは会ってから怖くはなかった。宙や睦のように初めから………とまではいかないが、普通に接する事が出来たのだ。

そんな彼はきっと、自分以上に沢山の悩みや苦痛を抱えてきたのだと思う。実際に聞いたわけではないが、出会ったばかりの彼の顔や、以前触れたことのある手から伝わる感触で何となくそれを感じられた。いや、そもそも何もかも性質が違う世界に飛ばされた時点で今も相当大変である事は明らかなのだろうが。



「………………そうだよ。大変なのは、わたしだけじゃない」



そう言葉にしてみれば、少しだけ怖さが和らいだ気がした。寂しさは抜けないが、今なら歩ける。

いつまでもこんな所にいてはいけない。



「戻らなきゃ……」



一つ息を吐いて一歩踏み出した。
そのまま来た方向を真っ直ぐと歩いていると、少しずつ視界が開けてきた。



「出られた? ………………え!?」



森を抜け、目の前に飛び込んできたのは清の家ではなく、小さな村だった。



「間違えた………いえ、それよりも」



何か、変。

昔話に出てきそうな木造の家。広いとは言えないものの至るところにある畑。そんな村の作りもそうだが、人の気配も感じられない。
そして今の時期としては有り得ない事に、辺りには真っ白な雪が積もっていた。先程から寒いとは感じていたが、どうやらそれは雪のせいだったらしい。

茜は思わず後ろを振り向いたが、そこにもまた彼女を驚愕させる光景が広がっていた。



「森が…………ない?」



彼女がつい今までいた森の入り口がなくなっていたのだった。
それを認識した途端、一気に血の気が引いた気がした。



「嘘、………帰れないの?」



絶望的な未来に足の力が抜け、座り込んでしまう。地面に着いた足やお尻から雪の冷たさが伝わり、それが更に茜を追い立てた。

そんな彼女の背後から一つの声が掛けられた。



『もし、そこのお前は誰だ?』



凛とした女性の声。茜はハッとして声のした方を見ると、そこには白い着物を着た黒髪の女がいた。
見た目は年若く、20代半ばくらいだろうか。長い髪を真っ直ぐに流し、頭には青いカチューシャを着けている。瞳は宝石のような蒼いサファイアを思わせるソレを向けて茜をじっと見ていた。



「え、あ………あの、わたしは…………」



何を考えているのかわからない瞳。人とは思えない酷く無機質なソレに茜は言葉を詰まらせてしまい、上手く言葉を紡げなかった。

それをどう取ったのかはわからなかったが、女はゆっくりと茜の前まで来ると手を差し出した。



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