Rondo of madder and the scarlet
- 水鏡と時空論- time - -

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車に乗って数時間。途中で陸也も乗せて、高速道路を走って。漸く辿り着いた桐原の(正確には彼の母、立夏の)実家。時間は既に午後三時を回っていた。着いて直ぐに出迎えてくれたのは、どこかキツい印象の桐原兄妹とは対照的な朗らかな老女だった。彼女は桐原兄妹の祖母で清(セイ)と言うらしい。

清の家はとても古風だったが、とても広かった。ルークのいた世界だと、かのミヤギ道場の造りと少し似ているような気がする。清曰く、「昔は近くの村の学校の合宿所だったんだよ」らしい。しかし今はその学校はなくなり、子供達もいなくなった為、清一人で暮らしているとの事だった。



「さて、と。部屋に荷物も置いたし、夕飯まで時間もあるから、それまで皆好きにしてて良いよ」



桐原の言葉に皆ははーい、と返事をして思い思いにバラける。桐原とその妹は立夏と清の手伝いがあると言ってどこかへ行き、茜と愛理花もそれについて行った。睦は辺りを探検しに出掛けた。ルークも誘われたが、明日いくらでも見れるし、今は乗り気がしなかったので、彼には酷く申し訳ないと思ったが断らせてもらった。

ルークは広い居間で夕飯までの時間を過ごす事にした。しかし居間には乗り物酔いをしたらしい陸也が青い顔をして眉間に皺を寄せながら寝転んでいて、心配して声を掛けた所で「一々話しかけンな」と一蹴されてしまった。それから仕方なく庭に出て池の中の鯉を観察する事にしたルークは池を覗き込んでふと、気が付いた。



「あ…………」



水に映る今の自分は、昔とは全然違っていて、それでいて変わらない。ずっと伸ばしていた髪を昔の自分と共に切り捨てて、新しい自分は仲間と長い旅をして、終えて………この世界に来た。あれから少し、髪が伸びたと思う。



(また、切ろうかな)



前に切った時は勢いのせいもあったが、自分でも随分と乱雑に切ったものだった。あまりにも適当な切り方のせいで、後になってティアに怒られたりもした。……でも、そんな彼女は怒りながらも、自分の髪を丁寧に揃えてくれたのをよく覚えている。






……………ティア、か。



彼女は自分に世界を知る切欠を作ってくれた。最初は馬が合わずに喧嘩ばかりしていたけれど、でも最後まで自分の側にいてくれたのもまた彼女だけだった。



『……必ず帰ってきて!』



"あの時"の彼女の言葉が思い出される。



『必ず、必ずよ! 待ってるから。ずっと……ずっと…………』



あの時、そう言った彼女に自分は何と返していたか。勿論、忘れた訳じゃない。



───必ず帰るよ



必ず、と絶望的に叶わぬ状況の中でした約束。それでも……叶うなら、望めるのならば、再び彼女と逢いたいと願いを込めて、ルークはそう言ったのだった。

でも、本当は心のどこかで諦めていた。彼女と、仲間達との約束は叶う事はないと。自分は消えゆく運命からは逃れられないのだと。






…………しかし今はどうだろうか。世界は違えど、地に足を着き、物に触れ、人と関わり合う。自分は確かに、生きている。

"来た"のならば、"帰る"事も出来るのではないのだろうか。事実、軸こそは違うが宙は前にオールドラントに行って帰ってきている。彼女は自分をここに飛ばした奴が自ら接触してくるかも知れないと言った。そうすれば、戻る方法がわかるだろう、と。

もし、もし本当にまたあの世界に帰れるのなら、今度こそ約束を果たしたい。皆に会って、またくだらない話しをして、そして………ティアに、あの時の返事をしたい。














「なーにやってんの、ルー君♪」



不意にポンと肩を叩かれて、思わず池に落ちそうになった。



「うわっ……わわわわわわっ!?」

「わっ、あぶな!」



ガシッと寸での所で後ろから服を捕まれた所で池へのダイビングは防がれた。思わず安堵の息を吐くと、水面に紅い髪が映り込む。



「ごめんごめん、そんなに驚くとは思わなかったよ。大丈夫かい?」

「宙……あ、ああ。大丈夫……だけど、」



宙は苦もなく未だに片手で人の服を掴んで支えているが、自分で言うのもなんだが正直己の体重は結構ある。そんな自分を軽々(?)支える彼女は茜程ではないにしろ割と細腕だ。しかしこの様子を見て、宙は実は結構馬鹿力持ちなのかも知れない、とルークは密かに思った。



「ちょっと、何か失礼なこと考えてない?」

「え、いや! 別に考えてねぇよ!?」



半眼になって図星を突かれたが慌てて否定すると、宙はどこか納得していないような顔をしていたが、ややあってから漸くルークを引き上げて手を離した。



「それで、こんな所で一人寂しく何やってるん?」

「え、あー……いや、ちょっと魚の観察をしてようかと思って……たんだけど、何か色々と考え込んじまってさ」



苦笑しながらそう言えば宙は一度キョトンとしてから、同じように笑った。



「向こうの事、だよね」



それにああ、と頷いて再び池を見る。赤と白の体に大きな鰭を動かして優雅に泳ぐ鯉を眺めていると、宙は池の周りの石の上に乗り、ピョンと飛び移りながら問いかけてきた。



「君がこっちに来てから結構経つけど、あれから何か変わった事はあった?」



それは多分、自分をここに飛ばした奴からの接触の事を訊いているのだろう。ルークは小さく首を横に振る。それに宙は一言「そっかぁ」と返すと、今度はルークの真横の岩に着地して言った。



「ま、そう直ぐに来るようなもんでもないか。気長にゆっくりして待つと良いさ………ん?」



急に何かに気が付いた宙は瞬きを繰り返しながらルークの髪をじーっと見つめた。



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