この世界にはおよそ190程の国がある。それだけ多ければ当然扱う言語文字も違ってきている訳で、世界共通語はあれど残念ながら日本にはあまり意味がない。否、意味がない訳ではないが、元より日常的に扱う文字自体が独自の物であるが為に世界共通語だけを覚えていても仕方がないのだ。
ましてや異世界の文字なんて、この世界のどこにも通用する訳がなく、更に言うならば全く質が異なる異世界から来たルークに文字が読める訳がないのだ。
「あ〜〜〜〜〜っもう、すっかり失念しとったわ! て言うか、何かもうフッツーに会話出来とるんやから文字なんて気にせェへんっちゅーの!」
ひとまず茜の家へと睦を連れて帰っての一言目がそれだった。突然頭を掻き毟りながら叫びだした睦に茜はビクリと震え小さく悲鳴を上げるも、直ぐに息を整えて同意した。
「そうよね……わたしも、全然気にしてなかったわ。ごめんねルーク」
「いや……俺も全く言わなかったからさ。茜達のせいじゃないよ。寧ろ助けられてるんだ」
申し訳なさそう謝るとルークは苦笑してそう返した。
「でも、文字が読めないのは拙いよね。家にいる分には良いけど、学校じゃ……」
「せやなぁ、これは一大事や……」
うーんと悩み出す二人にルークは「ごめん……」と頭垂れた。
「俺がもっと早く言ってれば、こんな事にはならなかったのに……二人に迷惑しか掛けてないな。はぁ……」
「ちょ、何いきなり暗くなっとるんや。別にルー君が悪い訳やないわ」
落ち込むルークに睦は肩を叩いて励ます。それに茜も頷きながら笑った。
「そうだよ。それに、わからないなら覚えれば良いんだか、ら…………」
「茜?」
言葉の途中で突然気まずそうに詰まらせる茜にルークは心配そうに名前を呼ぶ。次いで睦を見れば彼もやはり同じ様な表情をしていた。
「ど、どうしたんだ二人とも? ……やっぱ、何かやばいのか?」
「やばいって言うか……」
「この国の文字を覚えるの、大変そうやなぁと思ってなぁ」
「どう言う事だ?」
「この国……日本はね、この世界で最も扱う文字の種類が多い国なの」
「………因みに、どのくらいだ?」
「平仮名、片仮名、漢字に……英語。あとはアラビア数字にローマ数字……が、まぁ最低ラインやな」
………………。
「俺、2ヶ月保たないかもしんぬぇ……」
あまりの多さに一瞬の沈黙の後、絞り出されたのはそんな絶望感溢れる言葉だった。茜は励ましたいものの、どうしたら良いかわからず睦を見ると、彼は何やら真剣に考えているようだった。
「教える事自体はんな難しくはないんや。けど、それを如何に早くルー君に吸収させれるかは、教え方とルー君の器量が問題となってくる。正直な話、俺は物教えるのは苦手や」
「わたしも、説明とかは下手だわ……」
同意するようにそう言えば、睦はわかってると言いたげに頷き、それから仕方なしに一つ息を吐いた。
「あまり進まんけど、アイツに頼むしかないわな」
「「アイツ?」」
と、ルークとハモリながらオウム返しに訊けば、返ってくるのは苦笑。
「昔からの馴染みっちゅーか、俺の親戚……みたいなモンやな。因みに、中学の頃にあーちゃんも一度だけ会った事あるで」
「あ……もしかして」
そう言えば、と思い出す。西高には従姉妹の幼馴染み達(その内の一人は何年か前に会った事がある)がいると言うのを前に睦から聞いた事があった。……ただあの人は、
「気難しい奴やけど、教えんのは上手いんや。せやから、明日学校行ったらちと捕まえてみるわ」
「捕まえるのか?」
何を想像したのか、ルークは睦の言葉に顔を青くしていた。それに気付いた睦は笑った。
「捕まえる言うても、別に特別何かするわけやないわ。ただ、普段あまり姿を現さないから、どっか行く前に話しに行くだけやねん」
「あ、そうなんだ……」
なら良いや、と言うルーク。本当に何を想像したのかが激しく気になったが、それはまた別の機会に聞く事にした。
それよりも明日、睦の親戚(?)に会えるかが心配だ。学校にいてあまり姿を現さない、と言う事は恐らく普段から授業を受けていないと言う事だろう。
(明日は人捜しね……)
まだ会えぬ人物の性格を考え、茜は重い溜め息を吐いたのだった。
2012.6.15