Rondo of madder and the scarlet
- はじめまして -

「と、鴇崎 茜です。まだまだこっちの地方についてはわからない事も多々ありますが、よろしくお願いします」



噛みながらもどうにか言葉を紡げば次いでに来るのは拍手の嵐。それがなんだか妙に恥ずかしくて、顔を背ければ「大丈夫だよ」と安心させるような先生の声が聞こえた。
促された席に座り、先生の話が少しだけあった。とは言え、生徒達の意識は茜に向けられていて、彼女自身もそんな皆の視線に話など聞いていられる状況ではなかった為、その内容はまるでわからなかった。
その後は授業が始まるまでの数分間、転校生の宿命と言うか洗礼と言うべきか……お馴染みの質問タイムが始まった。



「どこの学校から来たの?」

「趣味は何?」

「どんな友達がいた?」

「彼氏とかいるの?」

「地方から来たんだよね、何か話してみて!」



等々。皆のあまりにも好奇心旺盛で勢いのある質問攻撃を先生が来るまでに何とか返していきながら、最初の授業を受ける。それから二限目、三限目、四限目と続き………それが終わって、漸く昼休みがやってきた。



「はぁ、」

「お疲れだね。まぁ、転校初日なんてそんなものなんだろうな」



一つ溜め息を吐いていると、突然そう言って現れたのはクラスメートの男の子。吃驚しながら顔を上げると、その人は苦笑を浮かべていた。



「え、と……あなたは……」

「僕は桐原って言うんだ。一応、鴇崎さんに校内の案内を任されてるんだけど……それはまた今度で良いよな」



どうやら思いっ切り気を使わせてしまったようで、何だか申し訳なくなった。



「すみません……」

「別に謝らなくても良いさ。今は早くクラスに馴染めると良いね」



それにさ、と桐原は掛けていた眼鏡の位置を直しながら続ける。



「この学校にいる連中は変なのが多いけど、良い奴ばかりだからさ。困った事があったら遠慮なく言ってくれ。変な奴らだけど、必ず君の助けになってくれるよ」



今、"変"と二回言わなかっただろうか……。けれどそれが逆に張り詰めていた心を少しだけ弛ましてくれて、茜は小さく笑って頷いた。

それから慌ただしく教室に誰かが入ってきたのは直ぐの事だった。



「あーちゃんーーーーーーーーーーーーー!!」

「きゃあああああっ!?」




大絶叫と共に抱き付かれ、これ以上にないくらい驚いた茜もそれに負けないくらいの大きな悲鳴を上げた。
キーンと耳に響く声の連続に近くにいた桐原を始め、教室に残っていた生徒達は耳を塞ぐ間もなく大ダメージを受けてしまった。
そしてそれは彼女に抱きついた者も同じらしく、涙目になりながら離れると頭を押さえて唸った。



「ぐおぉ……久々にキタわコレ……相変わらず容赦ないわ自分」



それはこっちの台詞だと叫びたかったが、未だに心臓が激しく脈打っている今は息を整えるだけで精一杯だった。
しかしそんな茜の様子に目の前の少年は懐かしそうに笑った。



「いやぁ、それにしても久し振りやなあーちゃん。ホンマにこっち来てくれるとは思わんかったで」

「む……睦…くん」



何とか彼の名前を紡ぐと、睦は人差し指を横に振って違うと言った。



「ムゥくんや! 前みたいに呼んでみぃ」

「よ、呼ばないわよ!」



と、思わず怒鳴る。それから沸々と彼への怒りが沸いてきて、茜は続けた。



「大体いきなり何なのよ! 吃驚し過ぎて心臓が飛び出すかと思ったじゃないの!」

「おー元気になった。良かった良かった♪」

「良くないっ!」



そう怒鳴っても睦はヘラヘラと笑うだけでまるで反省などしていなかった。周りも二人の様子について行けずにただ呆然と見ている事しか出来なかったが、やがて桐原が睦に近付くとその茶髪頭を叩いた。



「いたっ。何するんや!」

「何じゃないだろ山吹……少しは周りを見て行動しろ。二人とも、今自分たちがどれだけ目立ってるかわかってるのか?」



と、静かに怒る桐原に睦と茜は周りを見渡す。皆気まずそうに、それでいて好奇の視線を遠目から二人に向けていた。更には隣のクラスの人達も何事かと集まってきていた。



「あー……すんませんでしたー!」



気恥ずかしそうに頬を掻いた睦は勢い良く頭を下げて謝った。それに周りからは乾いた笑いが聞こえてきたが、徐々に散り散りに元の教室へと戻っていった。



「ふー、危なかったで!」

「大分アウトだよ」

「うぅ……」



桐原の厳しい一言に睦はたじろいだが、直ぐに持ち直すと茜を振り返った。



「やっぱダメやった?」



恐る恐る聞くが、当の本人は先程の事に混乱していた。



「……………」

「えーと、あーちゃん?」



睦が声を掛けるとビクリと肩を揺らした。それから一瞬の間の後、睦の腕を掴むと猛ダッシュで教室から出て行ったのだった。



「え、ちょ……あーちゃんーーーーー!?」



一緒に引っ張られて行く睦の叫び声が遠くなるのを見送り、残された桐原は溜め息を吐いた。



2012.5.13
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- ナノ -