call me.5 | ナノ



カーテンを閉めたままの静かな室内に、スマホの着信音が鳴る。
ーーたった一人、大好きな恋人からの着信を知らせる、特別な着信メロディだ。
ベッドに転がったままスマホに手を伸ばそうとしたけれど、応答のボタンがどうしても押せなくて。着信音から逃れるように、僕は布団の中に潜り込んだ。


ーーもう一人のミツルさんと再会したのは昨日の夜のことだ。
僕のことを嫌いだと言って公園を出て行った後。ミツルさんが公園に戻ってくることはなくて。
蹴られた痛みで暫く動けなかったけれど、それでも僕は無理矢理身体を起こして、なんとか一人で家まで帰った。
家に帰ると、安心したせいか一気に痛みが増して。
踏みつけられた手は自身の血で赤黒く汚れていて。蹴られたお腹や腕だけじゃなく、地面に蹲っていたせいで、砂利で傷付いた頬や額からも血が出ていて、涙が溢れた。
ミツルさんともう一人のミツルさんが、別の人格なのはわかっている。
わかってはいるけれど、ミツルさんの顔で、ミツルさんの声で、暴力を振るわれて嫌いだと言われるのは、やっぱり悲しかった。
ミツルさんがお揃いで買ってくれたストラップを壊されてしまったことも悲しくて。黒ずんでしまった水色の魚のマスコットを泣きじゃくりながら洗ったーー。


暫くして、着信音が鳴り止んでから、僕はゆっくりと布団から顔を出す。
スマホの画面を見てみれば、朝からの不在着信の履歴で画面がいっぱいになっていた。
ミツルさん、心配してる……。
早く電話に出なくちゃって思うけれど、今ミツルさんの声を聴いてしまえば、泣き出してしまいそうで。
ミツルさんを悲しませたくないと思うのに、話をすれば隠し通すこともできずに、全てバレてしまいそうで。
そう思うと、電話に応えることすらできなかった。
ーーごめんなさい。
僕は、スマホの画面から目を背けるように背中を向けると、再び布団の中に蹲った。




ーーピンポーン

「んぅ……?」

部屋に聞こえてきた玄関のチャイムの音で、僕は目を覚ました。
あのまま寝ちゃったのか…。ついさっきまでは綴じたままのカーテンから光が漏れていたのに、寝てしまっているうちに室内は真っ暗になってしまっている。

ーーピンポーン

寝起きの頭でぼんやりとそんなことを考えていれば、再びチャイムが鳴った。
面倒くさいな…。今日も家には僕しかいない。帰ってくれないかなぁ。
そんなことを思いながら様子を伺っていたけれど、

ーーピンポーン

三度目のチャイムに、僕はため息を一つ零し、ベッドから降りる。



四度目のチャイムの音に、頭の中ではいはいと返事をしながら玄関のドアを開けた瞬間ーー僕の頭は真っ白になった。

「白くんっ!! 良かった、家に居てくれて…」

飛び込んできたのは、真っ青な顔に安堵の表情を浮かべた大好きな人の姿と、僕の緊張の糸が一瞬で解れてしまう大好きな声。

「っ、その怪我…っ!?」

僕の顔にできたいくつもの擦り傷を見て、すぐにまたミツルさんの顔が強ばった。
だけど、僕にはもうそんなことはどうでも良くて。

「っ!! ……みつ、さぁっ…」

その姿に、その声に、僕はあっけなく泣き崩れた。すがりつくように抱きついた僕の身体を、ミツルさんが優しく力強い腕で抱きとめてくれる。

「大丈夫だよ、白くん。ごめんね、ごめん…」

震える僕の身体を抱きしめながら、悲痛の声で謝るミツルさんに、僕は違うと伝えたくて、何度も何度も首を振った。
違う、ミツルさんのせいじゃない。ミツルさんは悪くない。
けれど、泣きじゃくる僕はそれを言葉に出来なくて。ごめんね、と繰り返しながら抱きしめてくれていたミツルさんが、暫し悩むように黙り込んだあと、ゆっくり口を開いた。

「…白くん、少しだけ、上がらせてもらっても大丈夫かな?」

「っ…ん、だいじょーぶ」

ミツルさんの言葉に、ここが玄関先だったのを思い出した。
なんとかそう答えると、いい子、と僕の頭を撫でたミツルさんに促されるように一緒に家の中へと入る。

「白くんのお部屋、連れていってくれる?」

優しくそう言われて、僕は小さく頷くとミツルさんの手を引いて自分の部屋へと向かった。



「ーー昨日、あいつが出たんだね」

僕をベッドに座らせたミツルさんが、僕の前に膝をついて、優しい声音で聞いた。
確信しているようなその言葉に、僕は素直にこくりと頷く。
ミツルさんの顔が泣きそうに歪む。こんな顔を見たくなかったから、知られたくなかったのに。
絆創膏で簡単に手当てをしただけの手を、両手で優しく包み込むように握りしめられる。それから、片手を僕の頬に伸ばし、無数にできた赤い擦り傷を優しく何度も撫でられた。

「ごめんね。痛かったね。ごめんね…」

怪我をした僕よりもずっと痛そうな顔でそう呟くミツルさんに、僕はまた涙がこぼれた。

「大丈夫だよ…」

少しでも安心させたくてそう言っても、泣きながら言う言葉にはそんな力はなくて。
泣きそうな顔で笑ったミツルさんは、ごめんねと言いながら再び僕の傷を撫でた。

「痛かったね。…あとはどこをやられた?」

その言葉に僕は首を横に振って答えたけれど、僕の嘘なんてミツルさんには通じなくて。

「どこが痛いの?」

もう一度そう聞かれて、僕は観念して口を開いた。

「……腕と、お腹」

ぽつりと答えた僕に、ミツルさんがゆっくりと僕のカットソーの袖を捲った。そこには青く変色した痣。あまり日に焼けてない白い腕に、青黒くなった痣は自分で見ても痛々しくて。
それを見たミツルさんが、苦しげに顔を歪ませながら、腕の痣をそっと撫でる。
反対の腕の痣も、同じように確認したあと、優しく撫でて、それからゆっくりとカットソーの裾を捲り上げた。何度も蹴られたお腹は、水玉模様のような青い痣がいくつもできている。

「っ…」

痣のできたお腹を触れられると、無意識に力を込めてしまったのか、お腹にまた痛みが走った。思わず顔を顰めた僕に、ミツルさんの手が離れる。
大丈夫だよ。そう言おうとしたけれど、それよりも先にふわりと包まれて、言葉に詰まった。

「ごめんね。ごめん、ごめん…」

ミツルさんが、僕のお腹にそっと顔を寄せるようにして抱きしめながら、うわごとのように何度も何度も、ごめんを繰り返す。

「大丈夫、僕、大丈夫、だからっ…」

それ以上、ミツルさんの悲しい声を聴きたくなくて。いやいやと言うように首を横に振りながら、ミツルさんのことを抱きしめ返した。

「白くん…」

腕の中で顔を上げようとする気配に、力を緩める。少しだけ身体を離せば、痛そうな顔で僕を見上げるミツルさんと目が合った。
僕は少しでもミツルさんに安心してほしくて。泣きじゃくった顔に精一杯の笑顔を浮かべる。

「僕、ミツルさんがいてくれればそれで良い。痛くても、ミツルさんがいれば良い」

「…白くんーー」

暫く見つめ合ったあと、ミツルさんが俯いた。一度、ぎゅっと抱きしめられたかと思うと、腕が解かれ、ミツルさんがゆっくりと離れていく。

「ミツルさん…?」

静かに立ち上がったミツルさんに、不安が大きくなる。恐る恐る名前を呼んだ僕に優しく微笑めば、ミツルさんはそっと僕の頭を撫でた。

「ーー今日はもう帰るよ。白くんはゆっくり休んでおいで」

置いていかれたくない。

「いやっ…」

思わず声を上げた僕に、ミツルさんが困ったように笑うと言い聞かせるように言う。

「ご両親が帰ってきて俺がいたら、びっくりしちゃうよ? また連絡するから。ね?」

大丈夫だよ、と言うようにそう言ってもう一度頭を撫でられて、僕は俯いた。

「いい子。ーーそれじゃあ、またね」

ほっとした様子のミツルさんが、立とうとした僕の肩を抑え、送らなくて良いというように首を横に振った。逆らうことを許さないようなそれに、僕が従うと、ミツルさんはそれで良いと言うように頷いて、僕に背を向ける。
その後ろ姿に、もう会えなくなるんじゃないかっていう不安が襲って。僕は思わずミツルさんのことを呼び止めた。

「あっ…ミツルさんのストラップ…」

お揃いのストラップをミツルさんに返さないと。汚れは取れなかったけれど、お揃いのそれを自分が両方持っているのは、どうしてか不安だった。渡しておかなければならない気がした。
枕元に置いていた水色の魚のマスコットを手にしてそう言ったけれど、ミツルさんはまた首を横に振る。

「今は、白くんが持っていて? ーーごめんね」

どうして持っていてくれないの?
どうしてごめんねっていうの?
そう聞きたいのに、聞けなくて。ミツルさんは扉を閉めて部屋を出ていってしまう。
遠ざかる足音。少しして、玄関のドアが締まる音が聞こえた。
僕はミツルさんが出て行った扉を見つめながら、手の中のマスコットをぎゅっと握り締めたーー。



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