call me.6 | ナノ




予感が、当たった。

『ーー留守番電話サービスに接続します』

呼び出し音が留守番電話に切り替わるのを聞いて、僕はため息を漏らした。やっぱり、出ない。

「…ミツルさん、白だよ。返事、待ってるね?」

数時間前に残したものと殆ど変わらないメッセージを再び留守電に残し、通話ボタンを切る。
ーーもう、何度目だろう。
いつもなら、電話に出られない時があっても、暫くすれば折り返しの電話かメールをくれていた。
けれど、一昨日の夜に別れたきり、昨日の朝から何度かけても電話は繋がらず、メールでの返事すらない。
その事実に落ち込むのと一緒に、一昨日の自分を叱りつけたくて仕方がなくなる。整理できない自分の気持ちを言い訳に、心配して連絡をしてくれたミツルさんに応えることができないまま、酷く心配させてしまった。
…だからって、同じことをしてみせるなんて酷い。そう思えば、泣きすぎて赤くなった瞳で、反応のないスマホを睨みつけた。

ーーそれでも、こうなることを考えていないわけではなかった。
僕を傷付けてしまうことを気にしていたミツルさんだから。再び、もう一人のミツルさんが僕に暴力を振るったことで、僕から離れてしまうんじゃないか。
あの夜、ミツルさんが帰ってから、何度も考えては打ち消してを繰り返していた嫌な予感。
それが、現実になろうとしている。

「僕は、ミツルさんといたいのに…」

どんなに痛くても、苦しくても、ミツルさんと一緒にいたいのに。
一緒にいられずに、一人ぼっちになってしまうことの方がずっと辛いのに、どうしてミツルさんはわかってくれないのだろう。
そんなことを考えていれば、また視界がぼやけ始めた。ずっと泣いているせいで腫れてしまった瞼が重かった。

「ミツル、さん…ーー」

“白くん”と優しく呼んでくれる、けして高くはないけれど、良く通る優しい声。大好きなあの声に、もう一度名前を呼んでほしかった。
もう一度、電話してみよう。そう思ってスマホに手を伸ばした時だった。

「っ!!」

メールの着信音に、思わずガバッと身体を起こす。画面に表示されているのは、ずっと待ち焦がれていた大好きな人の名前。
震えそうになる手で、ゆっくりとメールを開く。

『白くん、電話出られなくてごめんね。暫く仕事が忙しくて、会うことができなさそうです。ごめんね。また、連絡するね』

微かな期待が、一瞬で崩れた。
なに、それ。

「どうしてーー」

どうして謝るの?
連絡するって、いつ?
“仕事が忙しい”なんて言葉は、ただのこじつけだとしか思えなくて。ただ、ミツルさんに突きつけられた“会えない”という現実だけが、僕の心に突き刺さる。

「ミツルさん……」

恋しいよ。
会いたいよ。
もう、会えないの?
考えれば考える程、悪いことばかりが浮かんできて止まらなくなる。

「ミツルさっ…会いたいよぉ…」

僕はそんな悪い予感から目を背けるように、いやいやと首を振り、固く目を閉じた。
静かな部屋の中に、自身の嗚咽がうるさかった。


泣いて、泣いて、やっと気持ちが落ち着いたのは、窓の外がすっかり暗くなった頃だった。
そうだ。返事をしない僕に、ミツルさんは会いに来てくれたじゃないか。
待っていても来てくれないのなら、自分から会いに行けば良い。
ーーだって、僕はミツルさんに会いたいんだから。

「……行かなきゃ」

涙を手の甲で拭って、僕はゆっくりとベッドから降りる。
まだ少し身体が痛んだけれど、そんなことはどうでも良くて。
僕は家を飛び出したーー。




ーーピンポーン

時間は19時過ぎ。もう帰っているかなと思ったけれど、インターホンを鳴らしても人の気配はなくて。
まだ、仕事しているんだ。そう思えば、小さくため息をついた。
定時ならもう上がっている時間。仕事終わりに一緒にご飯に行く時なら、もう僕を迎えに来てくれている時間だ。
それなのに帰っていないのは、メールにあった“仕事が忙しい”というのも、けして嘘ではないということなのだろう。
“僕のせいでミツルさんが疲れている”と、昨日もう一人のミツルさんに言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回る。

「ごめんなさい…」

とん、と扉に背中を預けると、僕はぽつりと呟いた。
一昨日の、疲れの滲んだミツルさんの寝顔が脳裏をよぎる。あんな顔をさせてしまったのは、僕のわがままのせいだ。
素直にミツルさんがまた連絡くれるのを待っていた方が良かったのかな。僕は一瞬そう考えて、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。
あのまま待っていたら、きっとミツルさんは僕の前からいなくなっていた。根拠なんてないけれど、それはきっと思い過ごしなんかじゃなくて。

「ミツルさんに会わなきゃ…」

会って、話をしなきゃ。僕がミツルさんのことを大好きで、ミツルさんと一緒にいたいってこと、伝えなきゃ。
そんなことを思いながら、背中を扉に預けたまま、ずるずるとその場にしゃがみこむ。
早く帰ってこないかな。僕は、膝を抱えて瞳を閉じた。



ーーそれからどれだけ経ってからだろう。
いつのまにかうとうとしてしまっていたらしい。聴こえてきた足音に、僕ははっと目を開けた。

「っ……白、くん」

「ミツルさんっ…!」

そこには、大好きなミツルさんの姿。驚いたような、戸惑ったようなミツルさんの顔に、僕は急いで腰を上げる。
そして、その場に立ち竦んでいるミツルさんに小走りで近付けば、その胸にぽすりと頭を預けた。すっかり馴染んでいるミツルさんの匂いにほっと息をつく。

「どうして…」

困惑した声でそう呟いたミツルさんに、僕はおずおずと顔を上げた。

「ごめんなさい…。けど、僕、ミツルさんに会いたくて」

「白くん…」

ミツルさんの困った声。そんな声で呼ばないでよ。
いつもみたいに笑ってよ。

「僕、いい子にしてるから。我が儘言わないようにするから。だから、ミツルさんと一緒にーー」

「白くん、わかったよ。だけど、今日はもう遅いからね? 送っていくよ」

必死に頼む僕の言葉は、ミツルさんの声に遮られた。
いつもと変わらない優しい声だけれど、その声には反論を許さないような強さがあって。それでも、僕は必死に言葉を紡ぐ。

「けどっ、僕、まだミツルさんといたいよ…」

だって、まだ全然話していない。伝えたい気持ち、伝えられていない。

「白くん…。ーーごめんね、疲れてるんだ」

「ぁ…」

目を逸らしながら言われた言葉に、さっと血の気が引いた。

『コイツが疲れてんの、わかんねぇの?』

もう一人のミツルさんに言われた言葉が、脳内に蘇る。

『仕事して、甘ったれのガキのお守りして、そりゃあ疲れもするよなぁ』

やっぱり、僕のせいなんだーー。
そう思うと、もうだめだった。ミツルさんの傍にいられなかった。

「…ごめんなさいっ」

「っ、白くんっ!!」

ミツルさんから離れると、足をもつれさせそうになりながら、僕は走り出した。
背後で、僕の名前を呼ぶ声を聞いたけれど、止まることはもちろん、振り返ることもできなくて。
僕は夜の闇に紛れるようにその場を逃げ出したーー。




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