call me.4 | ナノ



数日後の夜ーー仕事終わりのミツルさんと一緒にご飯を食べに行った、帰り道のことだった。
とろとろ卵のオムライスを、二人でお腹いっぱい食べた帰り道。家まで送ってもらう途中だったけれど、僕はまだ一緒にいたくって。
家へと向かう途中にある公園に差し掛かった時、僕は足を止めて繋いでいたミツルさんの手を引いた。

「ね、ミツルさん。…ちょっとだけ寄り道しちゃだめ?」

「寄り道?」

おずおずと言った僕の言葉に、ミツルさんは少し悩むように時計を確認してから、微笑を浮かべて頷いた。

「ーー良いよ。だけど、遅くなるから少しだけね」

「うんっ」

僕は受け入れてもらえたのが嬉しくて、大きく頷いた。繋いだ手を引っ張るように公園の中へと入れば、この間の夜も二人で座ったベンチへと向かう。
夜の公園は今日も静かで。暗闇の中に照らされたベンチに二人で座ると、この世界で二人っきりになれたみたいで、なんだか嬉しかった。

「オムライス、おいしかった」

「良かった。パスタとかもおいしそうだったし、また食べに行こうか」

「うん」

他愛もない会話。そんな些細な会話をずっと続けていたくて。

「ミツルさんは、今度何が食べたい?」

「そうだなぁ。ジュノベーゼがおいしそうだったなぁ」

もうそろそろ帰ろうか、という一言をミツルさんの口から出させたくなくて。

「緑色のパスタ?」

「そうそう。普段、家で作らないからね。お店にあると食べたくなるよ」

僕は、どうでも良いような話の種を必死に探す。

「僕、食べたことないや」

「じゃあ、今度行った時は俺のを分けてあげるよ」

「うんっ」

話すことも、考えることも苦手だけれど。それでもミツルさんと一緒にいたいから。

「えっと、僕はね、トマトクリームのが食べたいな。エビがいっぱいでおいしそうだったから」

そうやって懸命に喋り続けていたけれど。不意にミツルさんからの返事がなくなって、隣を見た。

「ーーミツルさん?」

そこには小さな寝息をたてるミツルさんの姿。
ミツルさんが、一緒にいる時にこんな風に眠ってしまうことなんて初めてで。思わず俯くミツルさんの寝顔を覗き込んで、疲れの滲んだその表情に僕は言葉を呑んだ。

「ミツル、さん……」

起こさなきゃ。早く帰って、少しでもゆっくり休ませてあげなきゃ。
そう思うのに、なかなか声をかけることができなくて。泣きそうなのを堪えながらミツルさんの名前を呼んで、少し眉の寄った寝顔を見つめる。

「ミツーー」

もう一度名前を呼んで、肩をそっと揺すり起こそうとすれば、小さな声が漏れた。

「ん、ぅ……」

少し苦しげなその声に、不安を感じながらも様子を窺っていると、ゆっくりと瞳が開いた。
ーーあれ。いつもと雰囲気が違うのは、寝起きだから……?

「……お前、まだコイツにくっついてるんだ」

けれど、すぐにその考えは打ち消される。ミツルさんの口から出たのは、いつものミツルさんじゃない、冷ややかな声。
すぐに、付き合う前に一度だけ遭遇した、ミツルさんの別人格なんだとわかった。

「ぁ……」

傍にいたら危ない。心の中で警戒音が鳴り響くけれど、僕の身体は固まってしまったみたいに身動ぐことができなくて。目を逸らすことも出来ないまま、ただただ、もう一人のミツルさんを見つめた。

「久しぶりだな、白」

薄笑いを浮かべながら呼ばれた名前の冷たさに、身体が竦んだ。

「あなた、は……」

「俺のことはもうわかってんだろ? 甘えん坊の白クン?」

蔑むような言葉と表情に、何も言えなくなる。逃げだすことも出来ずに、ただその姿を見つめた。
ミツルさんだけど、ミツルさんじゃない、もう一人のミツルさん。
僕のことを嫌っている、ミツルさん。
黙り込む僕の様子を面白そうに見ていたもう一人のミツルさんが不意に口を開いた。

「ーーお前さ。コイツが疲れてんの、わかんねぇの?」

「……っ」

つい先程、目の当たりにしたその事実をはっきりと突き突き付けられて、僕ははっと瞳を見開く。
けれど、わかっていたとも、わからなかったとも口にすることが出来なくて。固まる僕に、もう一人のミツルさんは更に言った。

「知ってる? コイツ、お前の我儘に付き合うために、やらなきゃならねぇ仕事、後回しにして早く帰ってんの。で、後回しになった仕事はいつやってると思う? 白、お前を家まで送ってやって、それからだよ」

「ぁ……」

矢継ぎ早に言われた鋭い言葉を、ただぶつけられるように受け取る。言葉が、痛い。
僕が『明日は会える?』と聞くたびに、少し困ったように笑うことがあっても、『大丈夫だよ、会えるよ』と受け入れてくれたミツルさん。その表情に不安を感じながらも、すぐにまた優しく笑って良い子と撫でてもらえば、それ以上僕から聞き返すことはしなくて。
会いたくて、一緒にいたくて。ミツルさんが無理をしているだろう現実から、目を背けていた。

「仕事やって、甘ったれのガキのお守りして、そりゃあ疲れもするよなぁ」

「……」

本当は、わかっていた。
僕の我儘のせいで、ミツルさんが無理をしていること。
僕の我儘のせいで、ミツルさんが疲れていること。

「ぁ…ごめ、なさい……っ」

言葉を発した瞬間、それまで必死に堪えていた糸が切れたように涙が溢れだした。
ぼろぼろと溢れ出した涙を必死で拭う僕に、投げつけられるのはもう一人のミツルさんの嘲笑。

「良いよな。そうやって泣けばなんでも許さると思ってんだろ。まぁ、コイツは馬鹿みたいに優しいから、それで許してくれるよなぁ」

「ちが…」

そんなことない。ミツルさんのことを困らせたくなんてない。必死に首を横に振って否定するけれど、もう一人のミツルさんは、更に言い募る。

「そうだな。お子ちゃまな白クンは、コイツが無理してんのも、疲れてんのもわかんないよなぁ」

「僕、は…」

必死に言葉を紡ごうとしたけれど、強い力で襟ぐりを掴み上げられて、それ以上何も言えなくなる。
いつもは優しく撫でてくれる手が、このもう一人のミツルさんでいる時には自分のことを傷付ける手になる。その事実を改めて突き付けられれば、怖くて、悲しくて仕方なくなった。

「それとも、本当はわかってた? コイツが疲れてるのわかって、我儘放題やってた?」

耳元で言われた冷たい言葉。
その言葉に震えながら僅かに身体を身動がせれば、不意に指先に触れた柔らかなものに、はっとした。それは、ミツルさんとお揃いの、魚のストラップ。

「っ……」

そうだ。もう一人のミツルさんが言う言葉は確かにそうなのかもしれない。
僕の我儘で、疲れさせたり困らせたりもしていたかもしれない。
けれど、それだけじゃない。

「……ミツルさん、は」

「あ?」

もう一人のミツルさんは怖いけれど。それでも、必死に言葉を紡いだ。

「ミツルさんは、僕のこと、すきって言ってくれたっ…」

けれど、その言葉をもう一人のミツルさんは鼻で嗤う。

「なに? だから疲れさせても、困らせても良いって?」

「そんなことっ…」

そんなことない。そう言いたいけれど、言えなくて。
もう一人のミツルさんへの恐怖と、押し寄せてくる不安に必死で耐えるように、手の中にあるストラップをぎゅっと握りしめた。
ミツルさんがお揃いで買ってくれたそれが、僕の心を支えてくれていた。
けれど、不自然に力が入った僕の動作は違和感があったようで。

「ん? …お前、何してんの?」

「っ…」

気付かれた。怪訝な声で言われた言葉に、僕は握りしめていたストラップを奪われないように、胸元でスマホごとぎゅっと抱きしめる。

「あぁ、コイツが買ってやったやつか」

襟ぐりを掴んでいた手が離されて、ほっとしたのも束の間、もう一人のミツルさんが自身のズボンのポケットから出したスマホを見せられて、僕は瞳を見開いた。スマホには、お揃いの水色の魚のストラップ。

「本当、馬鹿だよなぁ。こんなもん、簡単に壊れちまうのに」

嗤いながら言われた言葉。そして、止める間もなく、なんでもないことのように、ストラップが引き千切られる。

「あっ!!」

「ほら、壊れた」

楽しげに言われた言葉。言い終わると同時に投げ捨てられたそれを拾おうとして、ベンチから腰を上げ、地面に這いつくばって手を伸ばしたその時。ストラップに触れそうになった手が、容赦のない力で下ろされた足に踏みつけられた。

「っ……」

「何してんの? それはお前のじゃねぇだろ?」

そう言いながら、手を踏み躙られる。砂利混じりの地面に押し付けられるように踏まれた手はとても痛くて。それでも叫びそうになるのを必死で堪える。

「僕と、ミツルさんの、だもん…っ」

怖かったけれど、必死に反論した。
確かに自分のせいでミツルさんを疲れさせていたかもしれないけれど。それでも、このストラップをお揃いで買ってくれたミツルさんの想いを、もう一人のミツルさんに否定されたくなかった。
そんな僕の想いは、もう一人のミツルさんの機嫌を逆なでするものでしかなくて。

「ぐっ…!」

手の痛みが和らいだと思った次の瞬間、お腹に強い衝撃を受けて身体が吹き飛ぶ。少し遅れて、蹴り飛ばされたのだと分かった。

「ゴホッゴホッ…」

蹴られたお腹を守るように蹲って咳き込む。そんな僕に向けて、更に冷たい声が吐き捨てられる。

「お前、なんなの? なんでコイツに付きまとうの?」

苦しかったけれど。それでも、その質問の答えは考えるまでもなくて。

「僕、は…すき、だからっ……ミツ、さんが、すき…から…っう」

そこまで言ったところで、また力任せにお腹や庇う腕を蹴られて、それ以上言葉を続けられなくなる。

「コイツの何見て好きとか言ってんの? お前の我儘聞いてくれる、都合の良い奴だからじゃねぇの?」

ミツルさんが、自分の思うままにしてくれるから。ーー前にも、そんなことを言われた気がする。
そんなことを思いながら、必死にそれを否定する。

「っ、そな、こと……」

そんなこと、ない。

「ミツルさ、が…ミツ、さんだから……っ」

ミツルさんだから好きなんだ。
他の誰でもなく、ミツルさんだから。
蔑むような顔で僕を見降ろしながら、蹴り続けるもう一人のミツルさんを、顔を涙と砂でぐしゃぐしゃにしながら見上げる。
僕のことを嫌いな、暴力的で怖い、もう一人のミツルさん。
だけど、それもミツルさんの中にいるもう一人のミツルさんなんだと思うと、どうしても嫌いにはなれない自分がいて。

「…すき……」

そう言って、くしゃりと笑った。

「っ……本当、お前馬鹿だな」

笑った僕に、もう一人のミツルさんの顔が戸惑うように歪んだ気がしたのは、気のせいーー?

「ぐッ…」

そんなことを思った僕のお腹に、再び強い蹴りが入れられる。

「ゴホッゴホ……ッ」

「俺はお前みたいな馬鹿、大嫌いだよ」

蹲り咳き込む僕に言い捨てるようにそう言うと、もう一人のミツルさんは背中を向けてどこかへ行ってしまう。
暴力から解放されたことへの安堵と同時に、置いて行かれることへの寂しさを感じながら、僕は目を閉じたーー。




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