2.

蒸し暑い梅雨の日に起きた事件は、その後連日テレビや新聞で取り上げられていた。

殺害された女性は、外国人を違法に雇っていた風俗店で働く不法滞在者だった。
犯人は女性と同棲していた日本人男性で、遺体発見の翌日にはパチンコ屋にいるところを身柄確保された。殺害の原因は最初の予想通り、普段から行われていたDVで、打ち所が悪く死んでしまったらしい。
男女共に重度の麻薬中毒者ということだった。
押し入れで発見された子供はハーフで、女性の連れ子らしかった。男女両方から暴力を受けていたその身体には、無数の痣や火傷、煙草の痕が目立っており、男の話から推定9歳ということはわかったが、外見はそれよりも大分小柄で幼く見えていた。
また、出生届を出されることもなく、無戸籍者であることが判明した。


「マスコミはどこからこれだけ情報掻き集めてくるんすかね」

交番の休憩室でニュースを見ていたらしい小谷は、不機嫌そうな声音でそう言いながら岬に声をかけてきた。

「本当あの情報網は怖ぇよなぁ」

新人らしいわかりやすく不満げな小谷に、岬は同意の苦笑を浮かべて応える。
あの事件から一週間も経ってない日々の中で、連日ニュースを賑やかすのは岬と小谷が第一発見者となったあの女性の殺害事件だった。
最初数日は自分達が第一発見者ということで、交番にもマスコミが押しかけてきていたが、口を開くことのない二人に、早々にマスコミの姿はなくなったものの、情報を集める先は他にもたくさんあるらしい。

「けど、犯人も逮捕されてるからか、大分矛先が子供の方に向いてきてますね」

「あー…まあ、仕方ないんだろうけどなぁ」

小谷の言葉に、さすがの岬も苦渋の表情を浮かべる。
既に見つかった犯人よりも、おもしろいものを探すようにマスコミの目は残された子供へと向いた。それが無戸籍者だったりしたものだから、余計だろう。

「あの子、隣近所の人にも存在知られてなかったらしいですね」

「みたいだな…」

呆れや憤りの入り混じった感情を持て余しながら、岬は吐き捨てるようにため息をつく。そして、気が付けば思考はあの日のアパートへと戻されたーー。




…カタン。

遺体しかない筈の部屋から聞こえた小さな物音。
押し入れを開けて見れば、片隅で膝を抱えて蹲る緑の瞳と目が合った。
見つかってしまった恐怖に、瞳を大きく見開き、逃げ場などないのに更に奥へと行こうともがく。その様子に、岬ははっと我に変えれば、出来るだけ優しい声を出すように気を配りながら腕を伸ばした。

「おい、大丈夫だから。怖くねぇからこっちにきな?」

必死にもがくその身体を両手でなんとか捕まえれば、ゆっくり押し入れから引き摺りだし、安心させるように膝に抱き、暴れる身体を抑え込む。

「大丈夫、大丈夫だ。っ…怖くねぇよ」

逃げようと腕を噛まれたその痛みに顔を顰めるも、抱き込む腕を緩めることはしなかった。片手で抑えながら、もう片方の手で、腕に噛み付いたままの小さな頭を優しく撫で続ける。

「もう大丈夫だ。大丈夫、大丈夫…」

次第に抵抗が収まり、かわりにガタガタと震え始めた身体。その震えが少しでも早く収まるようにと、岬は優しく声をかけながらその頭と背中を撫で続ける。
暫くして、岬がゆっくりと身体を離し、腕の中の小さな姿を見下ろせば、最初に見たのと変わらない大きな緑の瞳と目が合った。
傷と汚れで薄汚れた肌と、手入れされることもなく伸ばされたぼさぼさの髪だったが、曇りのない緑の瞳だけが綺麗に輝いている。
その瞳を安心させるように、笑いかければ、不安げなその顔に柔らかな笑みが浮かんだーー。




「ーーあの子、今警察病院でしたっけ?」

「あぁ、重度の栄養失調と精神疾患だと」

小谷の質問に頷きながら、岬はポケットから煙草を取り出し火を付けた。
推定9歳というその子供の姿は、まともに食事を与えられていなかったのが明らかで、まさに皮と骨というほどに痩せ細っていた。身長も低かったが、それ以上に抱き上げた時の軽さは驚くほどで、9歳という年齢には見合わない容姿だった。
あんな傷だらけの痩せ細った身体で、まだ梅雨とはいえ、蒸し暑く腐敗臭漂う室内で、よく生きていたと思う。
煙草を燻らせながら思い返すあの子供の姿が、自分の腕の中で見せたあの笑顔が、あの日からずっと頭を離れなかった。

「あ、ちょっと岬さん! ここで煙草駄目だって言われてるじゃないですか」

「あー、はいはい」

すぐに気付かなかった癖に。そんな文句は言葉にせず、煙草を咥えたまま椅子から立ち、交番の外へと向かう。

「ちょっと、どこ行くんですか!」

「一服一服、すぐ戻るさ」

やかましく噛み付いてくる小谷の声を背中に聞きながらひらひらと手を振れば、交番の裏手側へと周り、フェンスに凭れながら空を見上げた。

今にも、また雨が降りだしそうなどんよりとした空。
あの子供が泣いていなければ良いなと思った。

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