3.

一週間程経った、当直明けの非番の日。
岬は一人、警察病院を訪れていた。

「すいません」

小児病棟の受付で看護師に声をかければ、目立たないように警察手帳を見せる。

「あ、お疲れさまです」

まだ年若そうな看護師が戸惑いながら挨拶を口にすれば、ぺこりと頭を下げて、岬は本題を告げた。

「こないだの殺人事件で保護された子供の見舞いに来たんだが、面会できますかね」

「っ、少々お待ちください」

岬の言葉に、そう言ってその場を離れた看護師は、奥にいた看護師長らしき年配の女性の元で確認をしているようだった。こちらを見る相手にぺこりと頭を下げる。
暫くすれば、師長らしき人が岬の元に来た。

「お待たせしてしまって申し訳ありません。看護師長の冬野(ふゆの)と申します」

「こちらこそ、急にすみません。鈴川交番勤務をしております、岬です」

鈴川交番、の言葉にピンと来たらしい冬野に、岬はそのまま言葉を続ける。

「あの事件の時、あの子を最初に発見しまして。…もし良かったら面会させてもらえますか?」

「ええ、只今ご案内しますね」

そう言って頷いた冬野は、柔らかな笑みを浮かべて病室へと先導した。




ーーコンコン。

小児病棟の一番奥の個室。冬野はゆっくりとノックをすれば、返事を待たずに扉を開けた。

「調子はどうかしら。今日はね、お客さまが来てくださったのよ」

そう子供に声をかける冬野の後ろを付いて入れば、ベッドの上にぺたんと座り、こちらを見るあの日と変わらない緑の瞳があった。
点滴に繋がれた腕は変わらず細かったが、清潔に清められた姿は肌の白さに長い黒髪と緑の瞳が映え、見違えていた。
岬が驚きその場で立ち止まっているも、冬野に促され、子供の元へとゆっくりとベッドの隣まで足を進めれば、目線を合わせるように屈んで膝をつく。

「こんにちは。元気にしてたか?」

声をかけるも、返事もなくただ見つめてくるだけの子供に、岬は戸惑いながらも、ゆっくり手を伸ばせばあの日のように頭を撫でやった。
その瞬間、表情のなかった子供の顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。そう、あの日と同じ柔らかな笑み。
それを見た冬野は驚きに瞳を見開き、すぐに嬉しそうに声をあげる。

「良かったわねぇ! 嬉しかったのねぇ」

大袈裟なくらいの喜びの声に、岬が冬野を見れば安堵の笑みを浮かべ、その理由を告げた。

「この子、失声症を患ってるんです。お母さんが亡くなったショックからなのか、それ以前の暴力が原因なのかまでは私達にはわからないんですけど…」

「!! …そうだったのか」

驚きながらも、すぐ納得した岬は嬉しそうに微笑む子供の頭を再び撫でた。
あの日まで誰にも気付かれずに生きていた毎日、泣き声や叫び声をあげることもなく震えていたあの日。
お前は助けを呼ぶ術すらなくしていたのか。それでも、懸命に生きていたことが、ただ愛おしかった。

「…そうだ。お土産持ってきたんだよ」

熱いものがこみ上げてくる感覚を紛らわすように、明るい声を出せば不思議そうに首を傾げる子供の目の前に、紙袋の中から取り出したものを差し出した。それは、子供と同じ緑色の目をした、白い耳のたれたうさぎのぬいぐるみ。
恐る恐る手に取った子供は、柔らかな感触に瞳を見開くと、先程と同じ嬉しそうな笑みを浮かべてぬいぐるみを抱きしめた。

「まあ、ヒカルくん、良かったわねぇ」

嬉しそうな子供の顔を見ながら、冬野の言葉に岬は頷く。頷いて、何か違和感を感じて考える。
冬野はこの子のことをヒカルくんと呼んだか。

「……え、お前、男!?」

失声症と聞いた時以上に驚き声をあげた岬に、子供ーーヒカルと冬野は揃ってびっくりするも、冬野が先に岬の勘違いに気付けば噴き出して笑い始める。

「ヒカルくん、髪長くて美人さんですからね。うちのスタッフも入浴させようとしたところで男の子って気付いたのよ」

髪の長さや線の細さで女の子とばかり思っていたが、言われて見れば男の子と言うのもなんとなくわかる。
別に性別がどちらでも問題はないのだが、ずっと勘違いしていたことを考えれば、岬は思わずベッドに肩肘をつきため息をついた。

「…それならぬいぐるみじゃなくて、もうちょい格好良いおもちゃ買ってきてやれば良かったなぁ」

それだったら、行き慣れないおもちゃ屋で可愛いぬいぐるみを選ぶ羞恥を味わう必要もなかったなどと思いながらそう言うも、ヒカルは意味がわからないようにただ岬を見つめる。
そんな二人の様子を見ながら、冬野は楽しそうに言った。

「あら、だけどヒカルくん、そのぬいぐるみとっても気に入ったみたいよ」

「…?」

不思議そうにしながらも、確かにヒカルはぬいぐるみを離す様子はなく、大切そうにぬいぐるみを抱きしめている。

「…なら良いか」

岬が、参ったというように困ったような笑みを浮かべれば、ヒカルは嬉しそうに笑った。

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