1.

ーー蒸し暑い梅雨の日だった。

交番に来た異臭騒ぎの原因確認のため立ち入った古びたアパートの室内は、酷い状態だった。

「うわ、これは…」

血の気の失せた表情で鼻と口を抑えながらそう言う後輩警察官ーー小谷(こたに)の言葉に、岬(みさき)は不快そうに表情を歪めながら応える。

「この暑さだったからな…吐くなら外で吐けよ」

「すみません…」

「吐いたら署に連絡入れとけ」

初めて見る壮絶な現場に、まだ年若い小谷は、岬の言葉を最後まで聞く余裕もなく、外へ飛び出して行った。
岬も含め、警察官とはいえ、交番勤務の長い者に殺害現場に立ち入る機会は少ない。岬が平然を装っていられるのは年の功というものだろう。

床に敷かれた布団に横たわって事切れていたのは、アジア系の異国の女性だった。
衣類を一切纏わず、腐敗が進む身体に残るのは暴力の傷痕。連絡をしてきた住民の話では、普段から怒鳴り声や泣き声がしていたというから、DVの末の顛末というところか。
吐くほどではないとはいえ、暑く腐敗臭が充満する室内にずっといるのは流石に辛い。
刑事部の奴らが来るまで外にいるか。そう思い、岬が外に背を向けたその時だった。

…カタン。

「!?」

小さな物音に、岬ははっと室内を振り向いた。遺体しかないと思った狭い1Kのアパートの奥にあるのは押し入れ。
ゆっくりと近付き、押し入れの扉を開く。薄暗く乱雑に荷物が入れられた押し入れの中。上段に生き物の気配がない事を確認すれば、岬はしゃがみ込み、下段の奥を覗いた。

「…っ!!」


ーーそこにいたのは、緑色の瞳を大きく見開いて岬を見上げる、幼い子供の姿だった。




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