21

若狭に案内されて訪れたのは、一ヶ月前までヒカルも入院していた小児病棟があるフロアだった。

「こっちですよ」

そう促されて、以前ヒカルが入院していた個室病棟がまとまっていた区画とは反対側の区画を歩く。大部屋が並んでいるらしいこちらの区画は、廊下を歩いているだけでも子供達の声で騒がしい。
若狭に手を引かれて歩くヒカルも周囲から聞こえてくる子供達の声が気になるようで、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた。

「着きましたよ」

暫く歩き、一番突き当たりにある部屋の前まで来ると、若狭は足を止めて岬を振り返る。

「それじゃあ、私はここで失礼しますね。中に冬野さんがいらっしゃいますので」

その言葉に岬は笑みを浮かべて頷いた。

「ああ、わざわざありがとう」

若狭はそれににっこりと笑い返せば、手を繋いだままのヒカルと向かい合うようにして隣に屈む。

「ヒカルくん、また遊びにきてね」

頭を優しく撫でられながら言われた言葉に、ヒカルは少し寂しげにうつむいたものの、すぐに笑みを浮かべると、また来るというようにしっかりと頷いてみせた。

「うん、待っているね! それじゃあ、失礼します」

ヒカルの手を離した若狭は、岬に一礼し、ヒカルに軽く手を振ると、踵を返し去っていく。
その背中を見送ったあと、岬は空いてしまったヒカルの手を取りながら口を開いた。

「よし、行くか」

緊張で身体を強ばらせながらも頷くヒカルに、岬は大丈夫だというようにその頭をくしゃりと撫でてやる。自身の顔を見上げて笑い返すヒカルと顔を合わせれば、ゆっくりと扉を開けた。

ーー扉を開けた先にあったのは、白やパステルカラーでまとめられた二十畳はありそうな広々とした部屋。部屋に敷き詰められたピンク色のカーペットの上では、幼稚園や小学校低学年くらいの年頃の子供たちが、思い思いに本や遊具で遊んでいた。大きな窓からは暖かな日差しも差し込んでいる。
パジャマ姿の子供たちの中には点滴を付けている子供もおり、岬はすぐにそこにいる子供たちが皆、入院患者なのだとわかった。
普段知り合う機会のない子供たちの姿に、思わずヒカルが岬の背中に隠れた時ーー。

「あら、ヒカルくん、岬さんいらっしゃい」

「っ!!」

耳馴染みのある優しい声音で名前を呼ばれ、ヒカルははっとそちらを向いた。そこには、ヒカルも会うのを楽しみにしていた冬野の姿。

「冬野さん、ご無沙汰しています」

ぺこりと頭を下げた岬に、冬野も笑みを浮かべながら会釈を返すと、ゆっくりと二人の傍へとやってくる。ヒカルの隣に屈めば、にっこりとヒカルに笑いかけた。

「ヒカルくん、お久しぶりね。元気にしていた?」

冬野の笑顔に、ヒカルも岬の背から顔を出すとほっとしたような笑みを浮かべ“こんにちは”と口を動かす。それに冬野も、ヒカルの頭を良い子と撫でやりながら笑顔で答えた。

「ええ、こんにちは。ヒカルくん、ちょっとおっきくなったわねぇ! 岬さんと仲良くしている?」

冬野の言葉に、ヒカルは“うんっ”と大きく頷く。元気な仕草に良かったと微笑むと、冬野はもう一度ヒカルの頭を撫でた。嬉しそうな様子で冬野に甘えるヒカルに、岬はくすりと笑いながら口を開いた。

「昨日、冬野さんたちに会えるって言ったらすごい楽しみにしていたんですよ、ヒカル」

「あら、そうなの? 私もヒカルくんに会えるの楽しみだったのよ」

「最初、病院って言ったらすげぇ嫌そうにしてたのになぁ」

からかうように岬が言うと、“いっちゃだめ”と言うようにしーっと指を口に当てるヒカルに、冬野が笑う。
恥ずかしそうに頬を膨らませるヒカルに、岬はごめんごめんと小さな頭を掻き撫でた。

「けれど、本当に来てくれて嬉しいわ。高宮先生も喜んでいたでしょう?」

冬野のその言葉にヒカルは嬉しそうに頷く。そんなヒカルに微笑を浮かべつつ、岬はふと思い出したように口を開いた。

「ーーそう言えば、冬野さんが見せたいと仰っていたのはここのことですか?」

「ええ、そうなんです」

岬の言葉に頷くと、冬野はゆっくりと室内を見渡しながら言った。

「ここは、入院中の子供たちが遊ぶプレイルームなんです。皆、おもちゃで遊んだり、本を読んだり、思い思いにしたいことをして過ごしているんですよ」

冬野の視線を追うように岬も室内を見渡す。数人で積み木で遊ぶ子たちもいれば、真剣な顔でパズルをしている子、楽しげに本をめくる子と本当に思い思いに過ごす子供たち。
点滴を付けていたり、病床にいるのだとわかる姿の子もいるものの、その表情は皆明るく、入院生活も楽しく過ごしているのを感じた。

「良い環境ですね」

自然と柔らかい笑みを浮かべながら出た岬の言葉に、冬野も嬉しげに微笑む。
冬野との再会に意識が向いていたヒカルも、不安げに岬の服の裾を掴んではいるものの、興味深そうに同世代の子供たちの様子を伺っている。
そんなヒカルの様子に、冬野は誘うようにヒカルに声をかけた。

「…ヒカルくんも、皆と一緒に遊んでみない?」

「!?」

冬野の言葉にヒカルは驚いた様子で首を傾げる。
ーーああ、そういうことか。驚くヒカルとは反対に、冬野からの誘いの理由に岬は納得するように頷いた。






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