20.
「ヒカルくん!」
「っ!!」
少し懐かしい、明るい声に名前を呼ばれ、待合室のソファーに腰掛けていたヒカルは、はっと声の方へと顔を向けた。
そこにはこちらへ向かって歩いてくる、声の主である若狭の姿。
入院していた頃、冬野と共に毎日世話をしてくれていた若狭の姿に、ソファーを立ったヒカルはぱたぱたと嬉しげに駆け寄る。
「こけるなよー」
からかうように言った岬の言葉。だが、その言葉が必要ないくらいヒカルの足取りはしっかりとしていて。危なげもなく、両手を広げて待っていた若狭の腕の中へ、嬉しそうに飛び込んだ。
「ヒカルくん、こんにちは。元気そうねぇ!」
屈んで目線を合わせた若狭に、ヒカルは“こんにちは”と口を動かせば、嬉しそうにはにかむ。
はしゃいでんなぁ。いつにも増して楽しげなヒカルの様子に思わず笑みを浮かべながら、岬はゆっくりと楽しげに話す二人の元へと歩み寄る。
「岬さんもこんにちは。お久しぶりです」
すぐ側で足を止めた岬に、顔を上げた若狭が楽しげな様子で口を開いた。
「こんにちは。ご無沙汰してます」
岬の言葉ににっこりと笑えば、ヒカルの頭を撫でやりながら嬉しそうに言う。
「ヒカルくん、元気そうですねぇ。ちょっとぷっくりしたね!」
入院していた頃よりも、また少し肉付きの良くなった頬を若狭につつかれれば、ヒカルは擽ったそうに笑った。じゃれ合うような二人に、岬は笑いながら頷く。
「まだまだ細っこいけどなぁ」
そうは言いながらも、この一ヶ月で頬に子供らしい丸みが帯び、入院していた頃よりも大分健康的な印象になってきたのは、岬も感じている。
「これからどんどんおっきくなりますよ」
若狭の明るい言葉に、岬は同意するように頷いた。
「あ。うさぎさん、付けてくれてるのね! 岬さんに結ってもらったの?」
退院の時に自身がプレゼントしたうさぎのヘアゴムに気がつけば、若狭はポニーテールに結われた髪を撫でながらヒカルに聞いた。
その言葉に嬉しそうに頷いたヒカルに、若狭はからかうような笑みを浮かべて岬を見上げる。
「岬さん、お上手じゃないですか」
「そりゃ、毎日髪結べって、そのうさぎ持って来るからね」
その様子を想像したらしい若狭が、ぷっと噴き出した。
「せっかくなら違う髪型も教えましょうか?」
明らかに面白がっている様子の若狭に、岬は苦笑を浮かべて返す。
「いや、良いよ。暑そうだから結ってやってるだけだし。いい加減切ってやっても良いんだけど…」
女の子ならともかく男なわけだし。そんなことを思いながら言った岬に、若狭は不満げな声を上げた。
「えぇ、もったいないですよ! せっかく可愛いのに」
「…まぁ、そうなんだよなぁ」
若狭の言葉に、岬は思わず苦笑しながら頷く。
夏真っ只中で暑いのはもちろん、女の子と間違われる原因でもある長い髪。何度か切らせようかと思いはしたのだが、これだけ長い髪だと、どこか切るのがもったいなく感じてしまうのだ。
事実、ふんわりとした長い髪はヒカルに似合ってもいる。そう思うと、暑そうだなとは思いつつも、ついつい美容院へ連れて行かないままになってしまっていた。
「どうせもう少し大きくなったら切ることになるんですし、もう暫くこのままでいきましょうよ! ね、ヒカルくん」
にっこり笑った若狭に同意を求められたヒカルは、若狭の言っている言葉の意味をどこまでわかっているのかわからないものの、嬉しそうに頷く。
まぁ良いか。岬はふっと笑いを零せば、くしゃりとヒカルの頭を撫でた。
ーー世間話も落ち着いたところで、先日の冬野との電話を思い出せば、岬はそういえばと口を開く。
「そういえば、冬野さんに見せたいものがあるって言われてたんだけど…」
若狭は何か聞いているのだろうか。そう思いながら聞いた言葉に、若狭は心得ているというように頷いた。
「はい。今そっちに冬野さんもいらっしゃるので、案内しますね。ヒカルくん、これから面白いところに連れて行ってあげる」
おいで、とヒカルの手を取った若狭は、「こちらへどうぞ」と岬を促し待合室から出た。
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