18.

ーー病院へ行くことを決めたのは、数日前の夜にした冬野との電話がきっかけだった。

『ヒカルくん、すっかり岬さんとの生活に馴染んできたんですね。良かったわ』

「おかげさまで」

岬からヒカルの近状を聞き、ほっとした声でそう言った冬野。それに岬は穏やかな声で返した。
ヒカルを引き取ることを決めてから、子供の世話などしたことのなかった岬に、子育てに必要なことを一から教え、誰よりも協力してくれたのが冬野だ。
退院したあとも、何度も電話やメールでのやりとりでアドバイスをもらい、ヒカルとの手探りの生活を支えてもらっていた。

「冬野さんがいろいろアドバイスくださったおかげですよ。本当、ありがとうございます」

『そんな、私は何もしていませんよ。岬さんとヒカルくんが頑張っているからだわ』

朗らかに笑う冬野の言葉に、岬も自然と表情が緩んだ。
だが、生活が落ち着いてきたことで考えるようになった新たな問題のことを思えば、話そうか暫し悩んで再び口を開く。

「ーーただ、順調に過ごせている分、学校のこととかも考えていかないととは思っていて…」

新たな問題ーーヒカルの学校のことだ。今まで通えていなかったことはどうしようもないにしろ、生活や体調が落ち着いてきた今、最大の問題といっても良いかもしれなかった。

『そうねぇ、まだ早い気もするけれど…』

考えるような冬野の言葉に岬も頷いた。

「はい。俺もそう思うんですけどね。勉強がどうこうっていうよりは、同じ年頃の子供と遊ばせてやりたいなと」

学校に行っていない現状で悩むのは、勉強が遅れるということよりも、友達を作らせてやれないということの方が大きかった。
岬が仕事をしている間、いつも隣で絵本を見たり、お絵描きしたりと一人遊びをしているヒカル。芝浦や小谷も手が空いている時にはヒカルの遊び相手をしてくれてはいるが、全員勤務中というのは変わらず、ヒカルに構ってやれない時間が殆どなのが現状だ。
そして、岬自身の子供時代を思い返してみても、大人に遊んでもらうのと子供同士で遊ぶのとでは全然違うものというのもわかっている。それを思うと、少しでも早く友達を作れる環境を作ってやりたかった。
それに関しては冬野も同じ考えだったらしい。『そういうこと』と岬の言葉に同意すれば、どうしたものかと考えるように言葉を紡いだ。

『今は周りに大人しかいない環境ですものね』

「はい。さすがに、今のヒカルを一人で学校に放り込むのは無茶だと思うんですけどね。
友達を作るには手っ取り早い場所だろうなぁとも思いますし…」

否応無しに同い年の子供が集まっている学校に行けば、すぐに友達の一人や二人作ることは出来るだろう。だが、話すことはもちろん、一般的な知識もまだまだ覚えきれていないヒカルのことを考えれば現実的でないのはわかる。

『そうねぇ…』

思わずため息をついた岬に、考えるように黙り込んだ冬野だったが、ふと何かを思いついたように口を開いた。

『ーーそうだわ。今度一度、診察がてら病院にいらっしゃらない?』

突然の冬野の提案に岬が首を傾げる。

「診察に?」

確かに一度、定期検診に連れて行きたいとは思っていたが、どうして今? 岬の疑問に答えるでもなく、冬野は言葉を続ける。

『ええ、体調に問題ないか一度確認しておいても良い頃だと思うしね。ーー岬さんとヒカルくんに見せたいところがあるのよ』

冬野の考えはわからないものの、きっとヒカルにとって意味のあることなのだろう。

「そうですね。じゃあ次の休みに一緒に伺います」

『えぇ、お待ちしているわ』

ヒカルと病院に行くことを決めた岬は、冬野と日程の確認をしてから電話を切ったーー。




久しぶりに冬野や若狭に会えるということで楽しげな笑みを浮かべるヒカルに、岬は確認するように聞いた。

「明日、病院行こうな?」

その言葉にヒカルも、今度はしっかりと頷いてみせる。

「よし、良い子だ」

笑みを浮かべてヒカルの頭を撫でてやれば、ヒカルが嬉しそうに笑った。

「そしたら十数えて上がるぞー」

岬のかけ声に、ヒカルが頷いた。

「いーち、にーい、さーん…」

岬の声に合わせて、ヒカルが楽しげに大きく口を動かす。

「…きゅーう、じゅーう。おまけのおまけの汽車ぽっぽー、ぽーっと鳴ったら上がりましょーっ! よし、上がるぞー。どっちが先に服着るか競争なー」

数え歌を歌い終えた岬がそう言えば、ヒカルは頷き、負けないようにとバタバタと風呂を上がる。
それを追いかけるように、岬も風呂を上がった。




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