17.

「ヒカルー、目ぇ閉じてろよー?」

岬がそう声をかけると、ヒカルはぎゅっと瞼を閉じた。
鏡越しにそれを見た岬は、楽しそうな笑いをこぼしながら、白い泡でもこもこになったヒカルの長い黒髪を洗い始める。

「熱くないかー?」

泡を流しながら尋ねると、ヒカルは目を閉じたままこくりと頷いた。鏡越しにその表情を見ていれば、最初は固く閉じていた瞼が次第に気持ち良さそうな柔らかなものへと変わっていく。
それに微笑を浮かべると「良い子だ」と優しく褒め、岬は頭に残る泡を流し進めた。


ーー退院からもうすぐ一か月。ヒカルと二人で風呂に入るのは、ヒカルが岬の家に来てからの毎日の習慣になっている。
最初は、ヒカルが独りになるのを嫌がることや風呂の入り方の覚束ない様子に、慣れるまでのつもりで一緒に風呂に入り始めた。だが、次第にそれが大切なコミュニケーションの一環だと感じるようになり、いつしか一人で風呂に入らせようという気持ちも薄れてしまっている。
どうせ、そう遠くない未来には“一人で風呂に入る”と言いだすのだ。今はこうやって一緒に風呂に入る時間を持つのも良いだろう。

「よし、終わり!」

シャワーを止めて、濡れた頭をぽんぽんと撫でてやれば、ヒカルがゆっくりと目を開ける。

「ほら、湯船浸かるぞ」

ヒカルの髪を簡単にまとめてやりながらそう言えば、ヒカルはこくりと頷き素直に湯船へと入った。それに続いて岬が浴槽へと入ると水嵩を増した湯船からお湯が溢れる。それを見たヒカルが、楽しそうに笑った。
そんなヒカルに釣られて笑みを浮かべていた岬だったが、不意にいたずらを思い付けば、笑みを含んだ声でヒカルを呼んだ。

「ひーかる」

「? …っ!?」

警戒心もなく振り向いたところに、顔を目掛けてピシャッと水をかければ、ヒカルは驚いたように目を瞑った。
素直なその反応に思わず岬が噴き出せば、恐る恐る目を開け、何が起きたかわからないというように、岬の顔や周りをきょろきょろと見回す。
そんなヒカルに笑いながら、岬はもう一度ヒカルを呼んだ。

「ヒカル、これだよ」

「?」

これ、と言って差し出されたのは岬の両手。
てから、みず? その意味がわからずに、首を傾げて岬の顔と差し出された両手を何度も見比べるヒカルに、片手にゆっくりともう片方の手を被せてみせる。

「こうやって手を組んで…ほら」

「っ!!」

組んだ手をゆっくり水に沈め、親指近くに作った穴から勢い良く水を飛ばして見せれば、ヒカルは驚いたように瞳を見開いた。

「…?」

何度か岬がやって見せれば、見よう見まねで手を組んでみたヒカルが首を傾げる。
どうやるの? と岬を見上げたヒカルを「おいで」と引き寄せると、岬は自身の腕の中にヒカルを包み込むようにし、後ろからヒカルの手を水鉄砲の形に整えてやる。

「隙間ができないようにするんだぞ」

その言葉に、真剣な様子でこくこく頷くヒカルが可愛く、岬は自然と笑みを漏らした。

「そうそう。んで、手の中を膨らませて…ぎゅって閉じてみな」

岬の言葉に従って、膨らませた手をぎゅっと閉じる。その瞬間、親指の近くに作った穴からピュッと水が飛んだ。

「!!」

思わず満面の笑みを浮かべて振り返ったヒカルに、岬はぽんぽんと頭を撫でた。

「おっ、うまくできたな!」

嬉しそうにはにかんだヒカルは、再び手を組んで水を飛ばそうと試みる。けれども2回目は手に隙間があったのかうまく飛ばなくて。

「ほら、ゆっくりもう一回やってみな」

眉を寄せるヒカルの頭をくしゃりと撫で、もう一度岬が手を添えてやる。その言葉にこくりと頷いてもう一度作った水鉄砲は、最初のように綺麗に水が飛び、ヒカルの顔に笑みが戻った。

「っ!!」

「うん、うまいうまい!」

岬に褒められ、嬉しそうにはにかみながら、ヒカルは夢中になって水鉄砲を飛ばした。


水鉄砲を二人でひとしきり飛ばしたあと。岬はふと思い出したように口を開いた。

「ーーそうだ。明日の休みさ、久しぶりに病院行こうな」

病院、の言葉にヒカルの顔が不安げに曇る。その様子に、入院中は見舞いに来た岬が帰る度に泣きそうな顔で必死に我慢していたことを思い出した。
思わずといった様子で岬の腕を掴んできたヒカルに、岬が困ったように笑うと、安心させるようにその髪をくしゃりと撫でてやる。

「大丈夫。また入院するわけでもないし、怖いこともしないよ。ただ、ヒカルの身体が元気かどうか見てもらうだけ」

岬のその言葉に頷くものの、変わらず不安げ表情を浮かべるヒカル。それに岬は困ったように笑えば、ヒカルが懐いていた看護師の名前を口にした。

「ほら、冬野さんもヒカルに会いたいって言ってたぞ?」

「!!」

久しぶりに聞いたその名にヒカルがぱっと瞳を見開く。
ふゆのさん、と口を動かすヒカルに、岬は優しく笑って頷いた。

「そう。ヒカル、元気かなって言っていたよ。若狭さんも会いたがってるってさ」

それを聞いたヒカルは、岬の腕を掴む力を緩め、嬉しそうな笑みを浮かべる。
もう、大丈夫そうだな。ヒカルの緊張が和らいだ様子に、岬もほっと安堵の表情を浮かべた。




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