11.

「おかえり、ヒカル。ーーほら、中入りな」

自宅のドアを開けて中に促してやれば、ヒカルは周りを見回しながら室内へと入った。

「ちょっと狭いかもだけど我慢しろな」

そう言いながら岬が先を歩き、キッチンを抜けて部屋へと入れば、ヒカルも後ろをついてくる。
岬が社会人になってからずっと一人暮らしをしている1DKの部屋は、一人で暮らす分には申し分ないものの、二人暮らしとなると多少手狭かもしれない。
そんなことを思うものの、初めての場所に落ち着かないらしい様子で、岬の服の裾を掴んだまま部屋を見回すヒカルを見れば、暫くは引っ越しも必要ないかと感じた。今のヒカルには、プライベートな空間を作ってやることよりも、常に一緒にいられる状態でいる方が良いだろう。
岬はヒカルの隣にしゃがみ、目線を合わせてから口を開く。

「ヒカル、今日からここがお前の家だ」

岬を見つめながら首をかしげるヒカルは、言われている言葉の意味など分からないのだろう。それでも、きちんと伝えてやりたくて岬は続ける。

「何があっても、お前が帰ってくる家はここだよ。今日から、俺とお前は家族だ」

もう、お前が独りになることはない。岬が頭をくしゃりと撫でながら笑いかけると、ヒカルは嬉しそうにはにかんだ。




ーーその夜だった。

「…ん……ヒカル?」

深夜、岬がふと目が覚めると、隣に敷いた布団で寝ていた筈のヒカルの姿がなくなっていた。

「ヒカル? どこ行った?」

時計を見れば午前2時を回ったところで。電気をつけてみてもヒカルの姿はなく、岬は慌ててキッチンの方へと向かう。

「ヒカル、どこだ!?」

玄関の鍵がかかったままなのに安心するも、やはり姿はなく、トイレや風呂にもいない。
狭い部屋のどこに隠れているんだと思いつつ、部屋へと戻れば、カーテンの隅が丸く膨らんでいることに気がついた。

「お前なー、かくれんぼなら昼間に……っ」

良かった。ほっと安堵して、カーテンを捲りながらかけた言葉は、蹲る姿を見た瞬間に、それ以上続けられなくなった。
怯えた様子で緑色の瞳を大きく見開く姿は、あのアパートの押入れで初めて見つけた時の姿と酷く重なって。
小さな身体に大きなトラウマを抱えている姿を改めて目の当たりにし、岬の中にぶつける先のない怒りがこみ上げる。その怒りを必死に押し殺しながら、ヒカルの隣にしゃがみ込めば、岬は優しく安心させるように話しかけた。

「ーーヒカル。大丈夫だよ」

名前を呼ばれ、ヒカルは顔を強張らせたまま、身体をビクリと跳ねさせる。

「もう大丈夫だ。おいで?」

これ以上、怖がらせないように。少しでも安心できるように。そう、優しく声をかけながら腕を広げてヒカルを待つ。

「っ……」

ゆっくりと伸ばされた小さな手を、岬の手が優しく包んだ。その手を引いて、腕の中に抱きしめてやる。

「良い子だ、ヒカル。良い子だ」

「…っ」

腕の中でガクガクと震えだした小さな身体を強く抱きしめてやりながら、岬は名前を呼び続けた。大丈夫、もう怖いことは何もない。そう、伝えてやりたかった。
ヒカルが酷く泣いているのを、胸元が濡れていく感触で感じる。泣き声さえ上げられないヒカルが、ただただ愛おしかった。



ようやく落ち着いた様子のヒカルと共に布団に戻ったのは、空が明るみ始める頃だった。
寝直そうと瞼を閉じようとした岬は、隣の布団で、うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら膝を抱えるように丸まるヒカルに、少し考えてから口を開いた。

「…ヒカル」

「…?」

呼ばれた名前に、ヒカルはまだ少し涙で潤んだ瞳で岬を見る。

「こっち、来るか?」

そう誘ったのは、自分自身を守るように丸まって眠るヒカルを、少しでも安心させてやりたかったから。
言葉の意味がわからずに、不思議そうに岬を見つめるヒカルに、自分がかけていたタオルケットを誘うように捲ってやれば、もう一度言う。

「ヒカル、おいで」

ようやく意味をわかったらしいヒカルが、驚いたように瞳を見開いた。そして、おずおずとうさぎのぬいぐるみを抱えたまま、岬の傍へとやってくる。
良い子だ、と頭をくしゃりと撫でてやれば、岬は自身の腕を枕にしてやりながら、もう片方の腕で背中を優しくさすってやった。

「こうやってれば、もう怖くないだろ」

甘えるように胸元にすり寄るヒカルを撫でてやっていれば、いつしか穏やかな寝息が聞こえ始める。
その寝息を子守唄に、岬も眠りへと落ちていったーー。


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