10.

7月の終わり。
梅雨が明けて本格的な夏が始まった頃、ヒカルの退院の日を迎えた。

「忘れ物大丈夫かしら」

岬と共に荷物の整理を手伝っていた冬野は念入りに確認を繰り返す。

「岬さん、確認しておくこととか大丈夫?」

ヒカルを引き取ることが決まってから、子供のことに関しての知識が殆どない岬のサポートを率先して行ってくれたのは冬野だった。
病院の子供達の世話はもちろん、自身の子供も二人育て上げている冬野は、岬にとってとても有難い存在となり、退院までの少ない日数の中でいろんな事を教わった。

「はい、とりあえず。何かあったら電話させて頂くんで、その時はよろしくお願いします」

「ええ、いつでも連絡してきてくれて大丈夫よ」

頭を下げて頼む岬の言葉に、冬野は頼もしく優しい笑顔で応える。

「岬さん、ヒカルくんの準備できましたよ!」

冬野と岬が準備に慌ただしくする中、ヒカルの相手をしていた若狭から声をかけられ、岬達が振り向いた。
そこには、長い黒髪をポニーテールにされたヒカルの姿。結び目にはうさぎのマスコットが付いた髪留めまで付けられている。

「…これはまた、可愛くなったなぁ」

違和感はない。入院中は寝ていることも多かった分、髪は下ろしっぱなしだったが、アップにするのも似合ってはいる。似合ってはいるのだが…、

「けど、男の子なのに可愛すぎないかしら?」

冬野がどうしたものかと、岬が思っていたことと同じことを口にする。
だが、若狭は気にしない様子でさらりと流す。

「ヒカルくん、可愛いから良いじゃないですか。それに、髪下ろしたままだと外暑いですよ」

「…まあ、確かにそうなんだよな」

若狭の言葉に、強い陽射しが差している窓の外を見れば、岬は顔を顰めて頷く。この陽射しの中、長い黒髪を下ろしたままよりは、まとめていた方が少しはマシだろう。

「ヒカルくん、髪留めのうさぎちゃんは、退院祝いのプレゼントだからね」

若狭にそう言って笑いかけられたヒカルは、お気に入りのうさぎのぬいぐるみをいつものように片手で抱きしめながら、もう片方の手で髪留めのうさぎを嬉しそうに触っている。
髪型がどうこうというより、うさぎを付けてもらってご機嫌なヒカルに、岬は冬野と顔を見合わせて笑いをこぼした。

「ーーヒカル、外出る前にこれ羽織ろうな」

岬はそう言って白いTシャツの上に黄色のパーカーを羽織らせる。少し暑いかもしれないが、虐待の痕が痛々しく残る腕を人目に晒すのは、好奇の目から守るためにも避けたかった。

「よし、行くか」

そう言って岬が、笑いかけながら手を差し出せば、嬉しそうにその手を取って笑みを浮かべるヒカル。玄関まで見送ってくれるという冬野と若狭と共に、岬はヒカルの手を繋いで歩き出す。



「ヒカルくん、元気でね」

「また遊びにいらっしゃいね」

若狭、冬野から頭を撫でられながらそう言われれば、ヒカルは嬉しそうに笑う。

「それじゃあ、お世話になりました」

岬は二人へ深く頭を下げてそう言うと、ヒカルの手を繋ぎ歩き出した。
今まで入院していたということも、これからどうやって過ごしていくかもわかっていないであろうヒカルが、ただ自分のことだけを信じて、今ここに一緒にいる。

その気持ちに応えたい。そう、強く思いながら、岬は繋いだ小さな手をしっかりと握りしめたーー。

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