大八木帝人ー2




「私はあの子に嘘を吐いているんだよ」
空気が、変わったような気がした。
おばあちゃんはさっきまでとは変わって真っ直ぐな姿勢で、発音のいい言葉でそう告げる。
進がいないと開けることができないと言っていた缶を、いとも簡単に開け閉めしながら。
「嘘、ですか?」
「そうよ。少し、昔話、してもいいかな?」
おばあちゃんは、悲しい目をして言う。
その瞳に、母さんを重ねてしまう。
「はい、大丈夫です」
聞きたいです、と俺は強く頷いた。

進のこと、知りたかった。
もっと、たくさん知りたかった。

ちゃんと正確に。

*****
「進の両親はね、喧嘩ばかりしていて、ね。ある日、二人とも家を飛び出しちゃったのよ。好きあっていたはずなのに、些細なことですれ違って、離婚したという感じかしら。て、話はそう珍しくないわよね。何も珍しいこともない普通の話って言うのも変だけど、よくあることよ。結果的に、祖母の私が進の面倒を見ることになったの。だから、あの子に、今、両親はいない。家族は私だけ」
「………そんなことが」
俺はぽろぽろと涙を流しながら話を聞いていた。想像するだけで、辛くてしかたなかった。今すぐにでも、進を抱きしめたい。
「で、大阪から、あの子はここ京都に来ることになった。両親にも捨てられて、自信喪失してたわ。だから、こっちに来て、新しい学校という環境にも馴染めずに、嫌がらせとかもされていて。どんどん、落ち込んでしまったの。だから、私は、あの子を頼るということを始めた。さっきの缶も、あの子の役目の一つよ。あの子は自分の存在意義をそこに見出しているの。変な話でしょ。だけど、とてもとても大切なことなのよ。自分がいないとおばあちゃんは大変だ。自分がしっかりとしなくちゃ。そう思えることで、あの子は少しだけ強くなれるの。きっと君の傍も、似たような意味で居心地がいいんだろうね、あの子は」
「そうですか、それなら俺は、いいんですが。やっぱり俺はもっとしっかりして、進のこと支えられるような自分でありたいです。変わりたいって思ったんです」
「でしょうね。だから、釘を刺しておこうかと思ったの。帝人くんは、今、真っ直ぐ理想を見ているから」
チクタクと時計の音が聞こえた。
「君が思う100点満点が、あの子の幸せになるなんてことないからね。そこだけは、はき違えないで欲しいの。自己満足は、どこまでいっても、自己満足でしかない。そういう意味よ。わかるかしら。やっぱり急にこんな話されてもピンとこないだろうね」
「……すみません。でも、俺は、進のこともっと知りたいって思っています。それで、知って、知っているからこそ、守れることもあるんじゃないかって」
「それは、どうして? 君は知ることに固執してしまうの? そこには、何があるのかしら。知らないことが不安なだけでしょ」
鋭い瞳でおばあちゃんは俺を見据えた。
「君は100%進を知らない状態であの子のこと好きになってくれたんでしょう。だったら、どうして今更、知る必要があるのかしら。知らなくても好きになれたのに。好きになったら知らなくちゃいけないのかしら?」
「……それは」
「どうなのかしら?」
「失いたくないんだ」
「?」
「好きになればなるほど、わからなくなる。進は、自分のことも、家のこともあまり話してくれないから。だけど、何か、こう、何か、不意に、とても寂しそうな顔するから。俺は、気になって。俺にできることがあるなら、力になりたい。盲目に、信じることなんてできない。俺はそうやって、大切は人を、過去に」
母さんも姉さんもみんな父さんの働き方が異常だって思っていた。だけど、父さんは笑顔ひとつで「自分は大丈夫」だって言うから。だから、信じてしまって。
「盲目に信じるだけじゃ、守れないって、こと、俺は」
身をもって、取り返しのつかない経験をもって、知っている。

それに覚悟は決めた。

「ダメなんです。少しでも、異変を感じたら、そこには、何かある。それは放っておいたら、どんな結末を迎えるか、わかったもんじゃないから」
失ってからじゃ、遅いから。




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