安部進ー2




チャイムが鳴った。授業中はぐっすりと眠っていた奴らは目を覚まして文化祭の準備に取り掛かる。勉学はおろそかにしても、祭事は真剣だっていう雰囲気がおかしい。
俺は何度目になるかわからないドレスに着替えると、スカートのスース―感に慣れてしまったことに気が付く。男としてどうなのか。ちょっと凹んだ。
「そうだ、あべべ!」
「え、なに?」
急に好輝に話しかけられて、俺は驚いた。
「校内展示の方さ、カフェやん。そこでお願いがあるんやけどさ」
「なんだよ。できることならやるぞ」
「ほんまか! よし!」
好輝は嬉しそうにガッツポーズをするとクラスを見渡して「あべべ、カフェの客引きを引き受けてくれるって!」と言った。
いやいや、俺、まだ、ちゃんと引き受けたわけじゃないんだが…。
ま、いっか。
「もちろん、大八木も一緒な!」
「え、俺、も?」
急に好輝に名指しにされて、帝人は肩をすくめた。
たぶん、客引きってどうしたらいいのかって不安になっているんだろう。ここは俺が元気づけて
「大丈夫やって、あべべが女装して、大八木はかっこいい服着てたら、人は集まるって」
……好輝にはめられたような気持ちになった。
でも、まぁ、できないことじゃないから、いっか。
不安そうに瞳を伏せている帝人に手を振って俺は苦笑いした。
すると帝人は「がんばります」と誰にも聞こえていなさそうな声で言った。

*****
夕暮れ時、たまに思い出す風景があった。

見慣れてしまった両親の喧嘩がエスカレートして、罵声に変わる。
どうしたらいいのかわからずに怯えていたら、夕日の差し込む暖かい部屋に一人の俺。
不安ばかりが充満して、目の前が歪んで見えていて。
『……………』
俺は、いつも通りお風呂に入って、いつもどおり歯磨きをして、お布団を引いた。そして、少し早めの就寝。

目が覚めたら、いつも通りの朝が戻ってくると、信じることにした。何の力もない幼い俺にできることはそれくらいのことしか残されていなかったのだから。

だけど、目が覚めると、そこには誰もいなかった。俺は家の中、探しまくった。もしかしたら、どこかにパパやママがいるのかもしれない。小さな棚の中まで探した。いるはず、ない、のに。

しばらくして、おばあちゃんが俺を迎えに来てくれた。
詳しいことはわからなかったが、俺は、おばあちゃんと一緒に暮らすことになった。

おばあちゃんは一人で暮らすのに苦労していたみたいだ。俺は、おばあちゃんが困っているところを見つけては、お手伝いをした。そうしたら、おばあちゃんは嬉しそうに笑ってくれて。
嬉しかった。俺なんかにも出来ることあるんだなって。
『進がいてくれて、おばあちゃん、本当に毎日楽しいわ』
『ほ、本当に?』
『本当よ』
『……嘘じゃないの?』
『嘘であってほしいの?』
『違う、違うけど』
信じたいけど、信じられなかった。
もじもじと言葉を探す俺に、おばあちゃんは困ったように頬笑んだ。
『じゃあ、進。今すぐじゃなくていいから、ゆっくり考えていこう』
『?』
『今、わからないことは、いつか、わかるようになるはずだから。無理はしなくていいのよ。それに、時が立てば、おばあちゃんの気持ちがちゃんと進に届くようになると思うわ』

*****
もう一つ、夕暮れ時、たまに思い出す風景があった。

見慣れないクラスメイト達を前にどうしたらいいのか、わからない転入生の俺。どんな話をしたらいいのか、わからない俺。
一人っきりの帰り道。俺は上履きで歩いている。
家に着くとおばあちゃんが悲しい顔をする。
『違うよ、はやっているんだ。上履きで下校するの』
『……そう』
俺はバレバレの嘘を吐く。でも、嘘を吐くしかなかった。

認めたくなくて。

『進、春休みが終わったら、高校生ね』
『……うん』
大阪から京都にきて、馴染めなくて、小学校でも中学校でも上手く過ごせなかった。
『春休み、終わらなければいいのに』
『進、春休みは終わるわ。終わらないことなんて、人生には何もないのよ』
『……』
『進、進も高校生からは新しい進になってもいいのよ』
『え?』

真っ黒だった髪の毛を、金髪にした。
目を隠すようにおろしていた前髪を両側に分けた。
ニッと笑ってみると、そこには知らない自分がいた。
おばあちゃんがニコリと微笑む。
俺はこわごわと初登校。
気が付くと、普通に友達ができていた。
気が付くと、俺の周りにはたくさんのクラスメイトがいた。
みんな普通に話してくれる。
みんな普通に接してくれる。
俺はびっくりしておばあちゃんにそのことを話した。
『何も驚くようなことじゃないわ。進が表現できるようになっただけよ』
変わったのは進自身よとおばあちゃんは言った。
俺は言葉の意味がわからなかった。
それでも幸せだと感じた。
自分の居場所が増えたような気がして。
俺も一人前に生きていいような気もして。

『……それなのに、思い出すんだ。昔のこと』

『進、昔のことは昔のことよ。今これからが大切なのよ』

自分の身に起こった変化が急すぎて、俺は、わからなくなりそうになっていた。今までの自分、高校生になってからの自分。

『……じゃあ、もう、今これからに目を向けたらいいよね』

その日から、俺は振り返らないことに決めた。
難しいことは考えないことに決めた。

そうやって日々過ごし、俺は……

*****
「進、スカート、短すぎないか?」
「え?」
校内展示のカフェの客寄せとしての衣装を身にまとうと、帝人が顔を赤くして言う。たしかに、このブレザー(女子用)のスカートは屈んだだけでもパンツ見えそうだけど……
「短いな、これ。でも、帝人。俺、男だし、別に気にならないよ」
「……俺は気になるけど」
「なんで?」
「え、あ、その、なんでも!」
「そうか…じゃあ、もう少し長いスカート注文してくるわ」
よくわからないけども、あの帝人が指摘するくらいなのだから、よっぽどのことなんだろうな。
「好輝。なんかさ、これ、スカート短すぎるだろって、帝人に言われたから、もっと長いスカート探してきて欲しいな」
「……あべべ。大八木に、すまんと謝っておいてくれ。さすがに短いよな」
しまったな、という顔をして好輝は言う。
「似合う似合わないだけの問題で選んじゃダメやったな」
「?」
「それにしても、愛されてるやん」
「え?」
「あべべが!」
「……よく、わからないんだけど」
「はは、それでええんやで」




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