安部進ー1




憧れたのは、揺るぎない強さと優しさ。
一人ぼっちじゃない、自分。

*****
年に一度の文化祭にむけて、みんな張り切っている。わいわいがやがやした音は聞いていて切なくなる。
もし、この音が突然途絶えたら……
そこは、そこには
「お姫さんがこんなところでサボッとる!」
「え…?」
「え、じゃないで。あべべ。劇の台詞覚えとるのか思たら、ぼーっと空なんか見てからに」
冗談半分といった感じで、女たらしの陸上部エースは明るく笑った。窓際にいるせいか、彼が、ちょっと眩しいかもしれない。
「ご、ごめん。さっきまでは台詞覚えしてたんやけどさ。こう、ふわっとしてさ」
悪気はなかったんだと俺は台本を掲げて言う。すると陸上部エースの好輝は「わかってるって。続き頑張って覚えや」と言ってくれた。
「まかせとけって!」
と、受け応えだけは立派な俺。
近くで劇の小道具を作っていたクラスメイト達にも、俺の声が聞こえたらしく、手を止めて「まかせてもいいかな?」と声をそろえて言う。しかたない。しかたないので、俺は
「いいとも!」
と高らかに叫んだ。握り拳なんかして、ぐいっと天井に向けて掲げると、みんなも「おー」と拳を天井に掲げた。
そんな中、気恥ずかしそうに、中途半端に拳を上げる帝人が初々しくて、俺は思わず微笑んでしまう。

*****
毎日、楽しい。
学校の奴らは気さくに話しかけてくれるし、帝人は当たり前のように傍に居てくる。
もう、寂しくなんかない。
もう、あの頃とは違う。
「あれ?」
おかしいな。
悲しいことなんて何もないのに、涙があふれた。
最近の俺どこかおかしいのかもしれない。

*****
「そう、学校は楽しいの。よかったね」
目じりに皺を寄せて小さく微笑んでくれるおばあちゃんに俺は、今日の出来事を話す。おばあちゃんはぼちぼちとご飯を口に運びながら頷いてくれる。きっと半分以上のことは聞き流されているだろうけども、関係ないと俺は思う。こうして二人で円卓を挟んで会話することにきっと意味がある。家族だから。
「それでさ、帝人が拳上げる時、こんな中途半端にあげてさ」
いろいろと話しているうちにテンションが上がってしまった俺は、帝人のモノマネをしてしまった。おばあちゃんは物珍しい目をして俺を見る。なんだか、照れ臭い。
「いやさ、あんまりにも、初々しい感じだったから」
何かを言い訳するように俺は首を横に振った。すると、おばあちゃんは「仲良しなんだね」と言って、梅干しの種を出した。
気づかれたと、わかった。
でも、おばあちゃんは追求しないでいてくれた。
「今度、遊びに連れておいで」
「え、いいの?」
「いいよ。ここは進のお家でしょ?」
「そう、だね。今度、連れてくるよ! すごく弱気な奴だけど、すっごい良い奴だから」

*****
ここは俺の家。
じゃあ、昔住んでいたあの家は誰の家?

本当にここが俺の家でいいの?

『進、今日からはおばあちゃんと一緒に暮らそうね』
『え、パパとママは?』
『進は、おばあちゃんと一緒は嫌かな?』
『そんなこと、ないよ。俺、おばあちゃんも好き!』
『じゃあ、決まりだね』
『でも』
と、言いかけた俺をギュッと抱きしめて、おばあちゃんは泣いた。幼かった俺は、泣くこともできずにおばあちゃんの背中をさすった。しっかりしなくちゃって、思えた。

*****
「す、す、進、おはよう」
キラキラした朝日に照らされながら、必死になって帝人は、俺の名前を呼ぶ。俺を『進』と呼びたいって言ってくれて、けっこう日は立つのに、いまだに呼びなれないらしい。
「おう」
そして、俺も呼びなれていないらしい。
朝の待ち合わせ場所で二人して、顔真っ赤にして、学校へと歩き出す。
「そうだ、帝人!」
今度俺の家に遊びに来ないか、と言いかけて、俺は言葉を飲んでしまった。
「?」
「文化祭の劇、頑張ろうな!」
「そ、そうだね。頑張る。進と一緒なら失敗しても大丈夫そうで、安心してるんだ、俺」
「そ、そう」
「うん」
満面の笑顔で帝人は頷いた。
なんか、後ろめたい。
別に隠しているわけじゃないんだけども、帝人にも言えずにいた。
信じていないわけじゃなんだけども、知られるのが怖かった。
もしも、もしも、俺が、君の思っている俺と違ったら、どうしようって、馬鹿みたいなこと頭よぎって。

『好き』がどんなにもろいか俺はよく知っているから。




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