指導

闘技広場から見える空は、今日も鉛色だ。

今日は、ラドラスの落日から発現したフォルス能力者の指導訓練の日。

始まったばかりだと思っていたのに、もう回数を重ねて、訓練生達のフォルスの扱いもだいぶ様になってきた。


特にやはりマオは素晴らしい伸びを見せて、炎を自在に現し、操っては鼻歌交じりに消して見せる。

強火も弱火もお手の物で、将来は良いシェフになりそうだ。


「メイさん、どうしてもうまく調節ができなくて…」

マオと同じ炎の能力者の青年が、申し訳なさそうに寄って来る。

あまりにも早いマオの上達を目の当たりにして、少し焦っている様子だった。

「強めるのは簡単だけど、弱めるのは難しいからね。深呼吸して、ゆっくり、小さく息を吐くようにやってみて?」

青年の背後に回って、背中を擦りながら深呼吸を促していると、どこから見ていたのか、サレがクスクスと笑う。

「メイが人に物を教える立場になるなんてね。」

「フォルス制御は最初から優秀だったもん。」

少し気取って言い返すと、サレは片眉を吊り上げて笑う。

「…まあいいけど、それにしたってメイ先生は生徒とそんなに密着するのかい?」

青年の背中に添えている私の手が気になるらしく、サレは背後から身を寄せながら聞いてきた。

「…サレ先生に言われたくないです」

密着度ならサレのほうが上だからね。

「先生か、いいね。教師と生徒っていうのもなかなか燃えるね」

「…何言ってんですか先輩」

「メイは先輩と後輩っていうシチュエーションのほうが好きかい?」

「…ほんとに何の話?」

…訓練生のフォルスよりもサレの妄想が暴走を起こしているようだ。



青年に視線を戻すと、次の瞬間、枯葉が風に舞って青年の目の前を覆ってしまう。

どうやら少し離れて練習していた風のフォルスの能力者が枯葉を浮かせているうちにこっちまで飛ばしてしまったらしい。

焦ってコントロールのきかなくなった青年の炎は、軽い暴発を起こして周囲へ燃え広がった。

「危ない!」

騒然とする闘技広場で、訓練生が悲鳴を上げて逃げ出す。

サレは咄嗟に地面を蹴り、青年の前へ躍り出ると、自身の嵐のフォルスで燃え盛る炎を巻き込んで消し去る。

私はといえば、こんな場面にはとうに慣れてしまい、逃げまどう訓練生達の周りに盾を張ったまま、ひたすら青年の背中を撫でていた。

私が「みんな逃げて!落ち着いて!」などと叫んで取り乱せば、そのまま青年がパニックを起こして、フォルスの暴走を起こしてしまう可能性がある。

暴走したフォルスはどれだけ手練な能力者でも抑えるのが難しくなってしまうので、焦っている時こそ精神の安定と能力の抑制は重要なポイントになるのだ。

撫で続けていた甲斐あって、青年は心を落ち着け、吹き出し続ける炎を徐々に弱め、自力で消した。

訓練生もほっとした様子で、それぞれ定位置に戻って来る。


真っ青な顔をしている青年に向かって、私は肩をポンポン叩いて言ってやった。

「炎を弱めるの、うまくできたね!」

ポカンとしている青年に笑い掛けると、今度は風の能力者のところへと寄って行く。

私のモットーは、構いすぎない、怒らない、無茶しない。


サレに構われずにここまで能力を伸ばし、怒られ、無茶されすぎていじけて訓練から逃げた私の経験からだ。

なかなかうまくいっているんじゃないかと、自分では思っている。

サレには笑われるけれど。


「今日も暴走者を出さずに訓練終了だー!」

たまたま会ったミリッツァと、広場から同行しているサレと三人で肩を並べながら、廊下で大きく伸びをする。

この三人というのもなかなか無い組み合わせだが、落日以降は珍しいメンバーで仕事をすることも増えたらしく、以前よりは抵抗がない。

「暴走者なしか…最初の頃は反発する能力者さえ居たというのに、すごいな」

ミリッツァが目を丸くする。褒められて悪い気はしないので、遠慮なく胸を張って見せる。

最初は、能力自体を怖がって扱おうとしなかったり、逆にやたらと能力を乱暴に使う者も居た。

こうして落ち着いた訓練ができるようになったのも、粘って回数を重ねて来た成果だと思う。


「でも、四星の皆の指導の賜物だよ。かなり参考にさせてもらってます…サレは、どちらかと言えば反面教師だけどね。」

言いながら、サレをチラリと見る。

「…まぁ、こんな怪我してるくらいだからメイもまだまだだよね」

「…!?痛ぁあああ!?」

サレに手首を抓られた途端、激痛が走る。

サレの手を振り払って手首を見ると、火傷したのか赤く腫れていた。

「さっきの訓練の時だね」

「全然気付かなかったよ…」

「メイは本当に生傷が絶えないな…」

半ば呆れたようなミリッツァの言葉に、言い返すこともできず項垂れる。

このあいだマオにも同じように怪我を指摘されたばかりだというのに。

しかしこんなに腫れた手首を抓るサレもなかなか鬼畜だ。本当に怖い。

これは大人しく医務室に行った方が良いと判断して、そのまま渋々と医務室へ向かうことにする。

ミリッツァもサレも付き添おうかと言ってくれたが、皆任務が忙しいので丁重にお断りした。




ラドラス王の容体が急変した後の数日からずっと、ドクターバースにも会えていない。

落日での怪我人も多く、対応が続いているのだろう。二人が付き添おうかと言ってくれたのも、そのせいだ。

医務室に行ってもドクターバースは居ないだろうから、手当てをしてやろうかという意味合いがあったのだろう。

道具だけは揃ったガランとした医務室で、自分で薬を塗って、自分で包帯を傷口に巻きつける。

うまく巻けなくて、だらりと緩んだ包帯が腕から垂れている。


……ドクターバースに会いたい。


もう陽も傾いているが、もしかしたら自室に居るかもしれない。

包帯を巻いてもらうくらい、してもらってもいいんじゃないだろうか。

一度思ってしまえば、もう気持ちを抑えることはできなかった。

もうしばらく顔を見ていない。会いたい。


まるで恋する乙女のような心境で、ドクターバースの自室へと、迷わないよう慎重に廊下を急いだ。


「またこんな怪我をして!」って怒られてしまうだろうな、と呑気なことを考えながら。

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