日常




「まったく…前みたいにメイの部屋でゆっくりする暇もなくなっちゃったよ」

「仕方がないよ。今を乗り越えればまた前みたいにゆっくり…いや、私の部屋には入らないでってば」

森中のバイラスを狩りながら、サレと他愛もない会話を交わす。

これももはや日常の一部となった、バイラス退治の任務。

最後の一匹をサレが指先ひとつで風の刃と共に消し去るのを見届けた後、サレと同じレイピアで空を薙ぎ、腰元に収めた。

この仕種も随分様になったな、と自分でも思う。

数ヶ月で、それだけの量の任務をこなしてきたのだ。

仕事量は、あの日を境に激増した。




あの日――ラドラスの落日から、数ヶ月の刻が過ぎた。



未だ混乱は収まりきらず、フォルス能力を持て余して暴走を繰り返す者も居た。

四星を含み、王の盾はここにきて初めて、前面に出ての任務を遣わされる機会が増えたのだ。

街の危険個所をフォルスで整備したり、フォルスを悪用する犯罪者を捕えたり。

今終わらせたバイラスの退治も、以前より劇的にバイラスの数が増えて凶暴になっていると調べが付いた途端、正規軍より"能力を持つ"王の盾のほうに任されることが決まった。

表舞台での仕事にサレは浮足立って絶好調だが、ワルトゥはハードなスケジュールに腰が痛いと日々呻いているようだ。


外での任務も忙しいが、私には城の中の任務も任されていた。


あの事件の日、ラドラスの落日から発現したフォルス能力者の指導――。

フォルス覚醒後、一度も能力の暴走を起こしていないこと、制御が安定して行えることにユージーン隊長が目を付けたらしい。

城で保護した一部のフォルス所持者を集め、闘技広場で指導する。

自身で暴走を起こしていないが故に難しいところもあり、やりがいのある任務を任されて毎日がてんてこまいだった。





サレとの任務を終えて城に戻ると、合間の時間に少しでも頭に知識を詰め込みたくて、廊下をふらふらと歩きながらフォルス能力の本を片手に読み耽った。

かなり危ない行動だと自覚しているが、連日続く任務の疲労と眠気が正常な判断を放棄させる。

ふわふわとした意識の中でページを捲った瞬間、後ろから腰回りに衝撃が走る。

「メイ!だーれだ!」

不意打ちで倒れこみそうになるのを寸のところで耐え、声のする方へ視線を落とすと、鮮やかな赤い頭が私の腰元に押しつけられていた。

…眠気も疲れも、今の衝撃で全部吹っ飛んだ。


「マオ、いきなり飛びついてきたら危ないよー」

「そんなこと言ったら、廊下で本を読みながらフラフラしてるメイのほうが危ないと思うケド」

「……言い返せない。」

無邪気に笑ってこちらを見上げる"マオ"――あの落日、記憶を無くして城内で暴走した男の子は、ユージーン隊長の計らいで城で王の盾に配属されることになった。

暴走している間の記憶も薄らあるようで、マオを庇ったユージーン隊長と、サレを止めた私にはとても良く懐いている。

隊長とはまるで親子のようで、「マオ」という名前も隊長が付けた。

古代カレギア語で「無」を意味する言葉だそうだ。

今は記憶が無いけれど、これから生きていく、新しい名前として。

自分もアガーテ様に「メイ」という名前をもらったが、どういう意味なのか今度聞いてみたいと思った。

自分で調べることもできるだろうが、どんな思いが込められているのか、直接アガーテ様の口から聞いてみたい。


当然、サレとは犬猿の仲で、会う度に小競り合いをしているのを廊下で良く見かける。

犬猿というか、サレなりのコミュニケーションに見えなくもないが、マオは完全にムキになって、いいようにサレに弄ばれているようだ。



「あれ?メイ、腕のところ擦り剥いてるヨ」

「え?あぁ、気が付かなかった。」

「えー、まったくメイは!ちゃんと手当てしなきゃ駄目じゃん!結構大きい傷だよコレ!」

先程の任務の時にやってしまったらしい傷口からは、まだ血が乾かずに滲んでいた。

マオは口を尖らせながら諌めると、傷に手をかざしながらなにやらチチンプイプイと楽しげな歌を歌い始める。

こうしてマオと話していると、弟ができたようでちょっとくすぐったい。

傷の手当てについて怒られているあたり、どっちが上なのかわからないが。


「僕の歌で応急処置しといたケド、ちゃんと医務室に行くんだヨ!ところでメイ、ユージーン見なかった?」

「隊長?見てないけど、どうしたの?」

お前の歌は治癒能力でもあるのかと吹き出しそうになり、笑いを咳払いでごまかしながら聞き返す。


「稽古をつけてくれるっていうから闘技広場で待ってたのに、全っ然来ないから待ちくたびれて迎えにいこうと思ったんだヨ!どこに居るんだろ…あ!ユーージーーン!!」

ペラペラと一方的に捲し立てたかと思えば、会話の途中だというのに、隊長の姿を廊下の端に見つけた途端、あっというまに走って行ってしまった。


自分の倍ほども身の丈があるユージーン隊長にぷりぷり怒るマオと、その愛らしさに笑みをこぼしながらマオの頭を撫でて謝る隊長の姿が遠くに見えて、思わず一人で吹き出してしまう。


マオはとても素直で、天真爛漫な男の子だった。

私のフォルス制御訓練では群を抜いて一番の伸びを見せ、その無邪気さで周りを明るくする。

今となっては無くてはならない、新しい日常の一部だ。



マオの用事も済んだようだし、先程焦って栞もせず閉じてしまった本をペラペラ捲って目次を辿る。

そのまま廊下を歩きだそうとしたところで、重厚な鎧にぶつかりそうになった。

「ごめんなさい!よく前を見ないで…ミルハウスト将軍じゃないですか!」

「メイか、あの落日以来だな…読書しながら廊下を歩くとは、忙しそうだな」

「すみませんでした…」

「いや、いいんだ。王の盾は任務が立て込んでいると聞くが、調子はどうだ?」

あくまで部下の身を案じてくれる将軍に胸がジーンと熱くなるのを感じながら、急いで本を閉じて小脇に抱える。

「忙しいですけど、街の復興は順調ですし、やりがいがあって楽しいですよ。ただ…アガーテ様とお茶をする時間が無くなってしまったのが残念ですけど…もうしばらくアガーテ様に会っていません。…こうなってしまった今では、アガーテ様もお忙しいのでしょうけれど…」


王女だった頃から、国を纏めるという大きな使命に対し不安を抱えていたアガーテ様。

ラドラス王が崩御されて、略式ではあったものの戴冠式も済み、姫ではなく一国を治める女王となった今、どうされているのか。

自分が少し顔を見せた程度でどうなるというわけでもないだろうが、それでも、落日後一度も会っていないとなると少し寂しい。


「…今は皆、成すべきことが多くある。アガーテ陛下も、我々も、それぞれ集中しなければならない時期だ。」

ミルハウスト将軍は複雑な表情を浮かべつつ言い捨てた。

いつもなら高々と、胸を張って話すはずなのに珍しく何か心に掛かるものがあるように見える。


「将軍、アガーテ様とは最近お会いしていないのですか?」

アガーテ様の恋心を汲んだ上で、あえて将軍に問うと、将軍の端正な顔が動揺で歪む。

「…お会いしていないわけではないが…いや、そうだな」

はっきりしない口調で語尾を濁すのも、いつもの将軍らしくない。

さらに質問を重ねようと一歩踏み出すと、将軍は鎧をガチャリと鳴らして一歩下がる。

「任務は忙しいが、今を乗り越えることが大切だからな。お互い頑張ろう。」

ますますいつもの将軍らしくないたどたどしい言い草だ。

具合でも悪いのかと尋ねようとするも、その間もなくそそくさと行ってしまった。

「…変な将軍」

アガーテ様の名前を出した途端様子がおかしくなったように思えるが、二人の間になにかあったのだろうか。

またお茶に呼んでもらえれば、ミルハウスト将軍の名前を聞くだけで頬を桃色に染めるアガーテ様をからかいながら、恋の話ができるのに。


落日以降、少しずつ形を変えていく日常は、嬉しいこともあるが、寂しくもある。

落日で街は壊れ、怪我人や死人も少なくはない。

それでも街は復興へと向かっていて、能力者の仲間も増えた。

少しずつ変わっていく日常の中でも、記憶喪失である自分にとって、この城は私の家で、皆は私の家族で、世界の全てだった。

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