落日 -s


揺れる地面、歪む空間、捻じれるフォルスの渦。

感じたことのない異様な空気に、ぞわりと鳥肌が立つ。

何が起きているのかわからない。


自分だけならともかく、今はメイが居る。

なにか危険なことが起きているならまずい。


「な、に…これ…サレ!」

僕に縋り、不安そうに顔を歪めるメイを見て、すっと冷静さが戻ってきた。


とっさにバルカの方向を見ると、この濃霧の中でもはっきりとわかるくらい、城から強烈な光が出ていた。


「メイ、城に戻るよ…」

短くそう伝えて、地面が揺れるたびふらつくメイの手を引いて、急いでバルカへ戻った。



バルカに戻って、様々なフォルスが風や雷を起こし、街を荒らしている光景に顔を顰める。



昔の自分なら泣き叫ぶ民間人を茶菓子にティータイムといきたいところだが、今は違う。

守りたい子がここに居て、壊れてほしくない場所がある。


四星や王の盾の奴らを「仲間」だなんて反吐の出るような言葉で括るつもりはないけれど、それでもあの場所は、無くなって欲しくはない。


本当はメイの傍についていてあげたいけど、まずは事態を把握するべきだと考え、メイを街に残して先に城へ戻る。



ところが城に戻っても、負傷者ばかりでまともに話ができる奴がいない。

やっとの思いで負傷した兵に話を聞くとどうやら城に暴走したフォルス能力者が入り込んだらしい。

街でも多数の能力者が暴走していたが、一体どうなっているんだろう。

肝心のこの騒ぎの原因について知っている兵に行きあうことができず、焦げた廊下を速足で通り抜ける。

さっさとメイのところに戻りたいのに、まともな情報も掴めず苛立ちは募るばかりだ。



その時、長い黒髪が目の前を横切った。

「…ヒルダ?」

トーマが"飼っている"ハーフの女だ。

ミリッツァも自分がハーフであることを気にしているが、この女程ではない。

この女は自分がハーフであることに囚われすぎて他人を嫌い、めったに姿を見せないし、ミリッツァとトーマ以外の兵とは口を聞きたがらない。

城の中をふらついては日々顔を売っているメイでさえ、この女には会ったことはないだろう。

「ヒルダ!」

声を掛けると、ヒルダは案の定憎悪を剥き出しにした顔で僕を睨んで、廊下の角へ消えていった。

過去に一度「ハーフ」と呼んでから、こいつは僕と会う度こんな顔をする。

「…この僕が呼んでるんだけどな。」

動きの鈍い導術師が僕から逃げ切れるわけも無く、あっけなく追いついて腕を掴む。

「痛い!放して!」

短く叫んで本気でもがきながら、射殺さんばかりに僕を睨んだ。


メイだったら、こうして腕を掴んだだけでピーピー騒いで楽しめるのに、この女ときたらなんてつまらない反応だろう、なんて、こんな時でもメイのことを考えてしまう自分に苦笑する。


「用事が済んだら放すよ。この騒ぎの原因について何か知ってる?さっきこの城から出ていた光は何?」

「知らないわよ!放して!」


「…一応トーマの直属のはずだったよね?知らない筈がないと思うんだけどな。」


「…世界中でフォルスが突然大量に発現した能力者達がフォルスの暴走を起こしているらしいって聞いただけ!その原因は不明。光についてもわからない!これでいいでしょ?放して」


余程僕と話すのが嫌だったのか、端的に情報を述べると、腕をめちゃくちゃに振り回して僕の手を振りほどき、走って行ってしまった。


突然大量に発現した能力者達がフォルスの暴走を起こしている…

城に入りこんだのは、その能力者の一人だということか。

何故今になって能力者が大量に発現したのか根本的な原因もわからないし、城から出た光についても知ることはできなかったが、今はこれ以上情報は手に入りそうにない。

とにかく事態の収拾へと頭を切り替える。


まずは城に入りこんだ侵入者を片付けなければ。

メイに危害を加えたりしたら、許さない。



やっと侵入者を見つけたと思ったら、そいつは暴走状態のままメイに抱きついていた。

「この子も能力の暴走を起こしてるんでしょ?もう少しで静まりそうなの」

呑気なメイと、侵入者への嫉妬で頭に血が上る。


こっちはメイと離れて散々情報を求めて城内を駆け回っていたというのに、

この少年は城内を荒らしまわり、メイと一緒に居るなんて。


つまらない独占欲と怒りで、目の前が塗りつぶされていく。



「そいつは正門の門兵を攻撃して城に入った侵入者だよ。」


ただの侵入者の癖に


「あの門兵の怪我はこの子が…でも、少し待って。もう少しで落ち着いたら話を…」


僕のメイに


「それは君が下す判断じゃないね」


近づくな!!




自分らしくもない。

すっかり冷静さを失っていたらしく、気が付くと嵐のフォルスで少年とメイを引き剥がしていた。

少年は壁に叩きつけられて、次の瞬間、炎を噴き出して暴れ出す。





「馬鹿!せっかく落ち着いてたのに…」

「落ち着いてなんかいなかったさ。傍目から見ればそうでも、精神状態は非常に不安定。いつまた暴走を始めるかわからないからさっさと離れろって意味だったんだけど…あーあ、やっぱり、ちょっと攻撃しただけでこの火力。どっちにしろあのままじゃ暴走は収まらなかったよ」

いつまた暴走を始めるかわからない、というのは本当だが、落ち着いてなんかいなかったというのは、嘘だ。

きっとあのままいけば暴走は収まっただろう。

でも、メイに抱きつくこの坊やをあのままにするなんて、できなかった。


黒い感情が自分の中に次々湧き出てくる。
全てを壊してしまいたくなるような衝動。

こんな感情は、きっと久しぶりだ。メイに会ってから、久しく忘れていたこの感覚。


「…記憶喪失の侵入者だってさ。なんて可哀想なチビッコだ。このままあの世に送ってあげるのが、優しさってヤツかもね」

そう言いながら、嵐のフォルスを手中に溜めていく。

でも、「記憶喪失」というワードのせいで少年がメイに重なって、なかなかうまくいかない。

自分の中の少年に対する殺意が、どうしても形になってくれなかった。


「待て!サレ!!」

廊下の角からユージーン隊長が飛び出して来て、僕を止める。

次の瞬間、焦って弱いままのフォルスを少年に向かって放っていた。

ユージーン隊長が少年に覆いかぶさって庇い、僕のフォルスが隊長の背中に当たった衝撃で、容易く消えてしまうのが見えた。




「サレ…お前、本気で打たなかったな?」

隊長は僕に掴みかかるワルトゥを止めて、無遠慮に聞いてきた。

ニッと笑う隊長の顔をまともに見ることができず、思わず顔を反らす。

「…メイが飛びついて来たから感覚が狂っただけです」

うまい言い訳も見つからず、ただそう呟くしかない。

他になんて言えばいいか、わからなかった。

暴走も収まり、怪我ひとつなく安心して眠る少年を見て、これで良かったのかもしれないなんて思ってしまった。

これが、優しさってヤツなんだろうか。


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芽生え始めた感情の表現方法がわからないぶきっちょサレさん



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