やさしいてのひら

会計委員会鍛練中。
僕と潮江先輩は、崖から落ちた。

「すみません、僕の不注意で先輩を巻き込んでしまって…!」

僕たちが落ちたのは崖から5m程下に突き出た大きな岩の上。
ここはどうやらしっかりしていて崩れる心配は無さそうだけど。上には登れず、下は落ちたら多分死ぬくらいの高さ。
僕の足は、情けないけどさっきから小刻みに震えている。

「いや、俺も…。ちょっと無理をさせ過ぎたな。すまなかった」

潮江先輩は落ちるときに僕を庇って足を挫いていた。段々赤く腫れてくる先輩の足首。

「きっと、すぐに神崎や加藤が誰かを呼んできてくれますよね!」
「神崎か。アイツ、朝までに忍術学園にたどり着けるのか…?」
「…」

望みは薄い。

もうとっくに日は暮れて、辺りは真っ暗だ。風が冷たい。
僕は、体育座りをして潮江先輩に引っ付くようにしていた。

「…寒くないか」
「えっ、いえ、大丈夫です」
「無理するな。お前はまだ4年だろう」

優しく僕の背を撫でるてのひらは、大きくてしっかりしてて、温かくて。不意に涙腺が弛みそうになるのをグッと堪えた。

「もっと引っ付いた方が温いんだが」
「え、もっと、とは…?」
「こっちへ来い」
「う、わっ」

グイッと引っ張られて、潮江先輩の足の上に座らされた。
向かい合うような形になって、すごく恥ずかしくて一気に頬が熱くなる。

「し、しし、潮江せんぱっ」
「で、こうだ」

潮江先輩の腕が僕の背中に回されて、ギュッと抱き締められた。
心拍数がどんどん上がるのを止められない。

「温いだろう」
「…はいっ…」

緊張と喜びに震える腕を先輩の背中に回して抱き付いたら、更に密着して。熱くて熱くて、汗が出そうな程だった。

「田村、お前。温いなぁ」
「えっ…そうですか…?」

ここぞとばかりにぎゅうぎゅう抱き付いたら、先輩も強く抱き返してくれてまた泣きそうになった。

今だけは、ここには僕らしかいない。

でも学園へ帰れば先輩にはあの人がいる。先輩の足首を心配して労るのも僕じゃなくて、どうしても敵わないあの人なんだ。

ずっとこうしていたい。このまま先輩が僕のものになってくれたらどんなにいいか…。

そう思うといつの間にか僕の頬は涙に濡れていて、口からは「ひっく」としゃくりあげる音が飛び出てしまった。
先輩は何も言わずに背中を擦ってくれて、その優しさに涙が止まらなくなる。

「ふ、うぅっ、っ…」
「朝になったら、きっと誰か来る」
「は、い…、…っ!」

先輩の肩に顔を埋めて、何とか涙を止めようとし…
そして…。




潮江は眠ってしまった田村を未だ抱き締めながら、難しい表情で目を伏せた。

「すまん」と呟いた声は誰の耳にも届かず風の音にかき消された。




end.




お題お借りしました。
「確かに恋だった」










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