春はあけぼの 深夜の会計室。下級生はとっくに部屋へ返し、潮江と田村は2人きりで算盤を弾いていた。 「田村、後は俺が片付けておくから、お前も部屋に戻ってさっさと寝ろ」 不意に潮江の声が鼓膜を震わせ、船を漕いでいた田村はハッと顔を上げた。 「いえ…最後までお手伝い致します」 「いいから戻れ。明日が辛いぞ」 「でも、そうしたら潮江先輩が…」 「俺は慣れてるからいいんだよ」 「でも…。あ、なら、こうしませんか?」 田村は潮江を見つめながら、控えめにあることを提案した。 算盤を弾く音と田村の寝息が聞こえる会計室で、潮江はもくもくと帳簿を書き進めていく。 (交代で寝ようだなんて、自分も限界の癖して俺のことを気遣って) 潮江は記憶を辿る。 田村は初めはこんな気遣いの出来る人間ではなかった筈だ。 (自分が大好きで。ちょっとした成功におごってばかりの奴で。周りが見えて居なくて) 人は変わる。 (今なら会計委員長の後釜としてこいつを認めてやってもいいかもしれない) 朝日が昇る頃。 潮江は最後の一行を書き終え、田村の肩を揺らした。 end. |