お詫びに、私を好きにして

ギャグ?









最近文次郎のかおが変化していることに、同室者である仙蔵だけが気付いていた。
文次郎の隈が少しずつ薄くなってきているのだ。
普段から鍛練や委員会で徹夜ばかりのこの男は、いやに真面目で授業の間に居眠りすることもない。
では一体どこで眠っているのだろう。

「隈が消えたということは…文次郎。浮気だな?」

文次郎は体を文机に向けたまま、顔だけ仙蔵の方を振り向いた。仁王立ちの仙蔵を見上げ、かけられた言葉の意味を反芻する。
…うわき…。…浮気?

「ちょっと待て…いきなり何を言ってんだお前は」
「やかましい。夜な夜などこで眠っている?…いや、この際言ってしまおう。誰の布団で眠っているんだ!!」
「はあああ!?」

全く思い当たる節のない文次郎は、ただ困惑するのみだ。仙蔵は胡座をかいて座っている文次郎の衿を掴むとギリギリと捻り上げた。
白く細い腕に力が込められ、ぐいっと文次郎の体が持ち上がる。
床に足をつけて立ち、両手のひらを見せて無抵抗の意を示しながら、文次郎は内心大変焦っていた。
一体自分が仙蔵に対して何をしてしまったのか分からない。

「ぐ…落ち着け!何の話だ!」
「こいつ…ッしらばっくれる気か!」
「だから何の話…って、おい待て…!!」
「ええい!この薄情者!!」

ドカーン!

「うおあァァー…!!」

ハァハァと荒い息を繰り返しながら、自身も炭で黒く汚れてしまった仙蔵はいつものように飛ばされていく文次郎を見てハッと我に返った。

「い、いかん!問い詰めるつもりが!やってしまった」

仙蔵は己のミスに「まぁ私だって失敗の1つぐらいな」と少々照れつつ自分自身を励まし、すぐに気を取り直すと文次郎の飛ばされた方角へと部屋を飛び出して行った。




少し時が遡った中庭では、伊作がしゃがみこんで薬草を摘んでいた。聞き慣れた爆音に嫌な予感がして、そおっと顔を上げる。
ひゅるると落ちてくる、濃緑の塊。

「げっまずい!逃げないと…ってうわあぁぁ、ぐえッ!」

濃緑の塊すなわち文次郎は、伊作の上で「くそっ、仙蔵のやつ…」と呟き、ガクリと気を失った。
落下地点に居た伊作は、不運にも下敷きとなってしまいピクピクとけいれんしている。

「いてて…、何なんだ…」

赤くなった額を押さえ、むくりと起き上がった伊作の前には、いつの間に来たのか仙蔵が立っていた。
仙蔵は重なり合うようにした2人をムスッとした表情で見ている。伊作は普段から仙蔵の話し相手で、特に気を許せる仲間の1人だ。
従って、嫉妬の対象にはなり得ない。

「仙蔵。また痴話喧嘩?」

仙蔵は、伊作の言葉も聞かずにずんずんと歩み寄ると、文次郎の顔を持ち上げた。
ことの次第を説明、もとい愚痴を聞いてもらうため、その根源である文次郎の隈を伊作に見せつける。

「見ろ、こいつの隈」
「は?…ああ、」

これから話そうかとしているというのに、既に合点がいったという様子の伊作に、仙蔵が首を傾げる。

「…心当たりがあるのか?」
「うん。私のおかげ」
「な…ッ!ま、まさかお前が文次郎の浮気相手…!」
「ええっ?違う違う!そんなのむしろ願い下げだよ!!」

慌ててぶるぶると頭を横に振る伊作に、仙蔵はいよいよ困惑の表情で「じゃあ何のことなんだ」と伊作に詰め寄った。

「最近私が開発した油があってね、塗ると血行を良くするという作用があって…」

伊作の話を要約すると、つまりその試作段階の油の効果を確かめるために、ときどき文次郎の隈に濡らせてもらっていたらしい。
伊作が「いやー色んな苦労があったよ」と説明を締め括って顔を上げると、そこには既に誰の姿もなかった。

ひゅるる…と枯れ葉が一枚伊作の前を通りすぎていった…。




「う…」

文次郎が顔をしかめて目を覚ましむくりと起き上がると、そこには女装をした仙蔵が女のように足を揃えて座っていた。

「な…何やって…」
「文次郎…早とちりしてごめんなさい」

すすすとすり寄ってきた仙蔵が、甘えるように抱きついてくる。
はて、何で俺は自室の布団で寝ているんだったか…と痛む頭で思い巡らせるが、考えがまとまる前に仙蔵が顔を赤らめ、上目遣いで囁いてきた。

「お詫びに、私を好きにして」
「…は?」

混乱しているうちにうやむやにしてしまえ、と、仙蔵は勢い良く文次郎の体を布団の上へと押し倒した。

「ちょっ…、おい」
「ん?どうした」
「…」

にこりと微笑む仙蔵の色っぽさに、文次郎は訳も分からぬまま体温が上昇していくのを感じ、ついに自分からその体を引き寄せて優しく抱き締めた。

「…ふふ」

何だか嘘臭い気もしていたが、抱き締められて幸せそうに笑う仙蔵の笑みだけは演技ではなさそうだ。

文次郎は仙蔵の体の重みを愛しく思いながら艶やかな髪を指ですき、そのひと房にそっと唇を寄せた。








end.









おまけ




夜。6年は組では、伊作が興奮気味にその日の出来事を留三郎に語って聞かせていた。

「ということで、私は2人の関係まで温めてしまったという訳だ!留三郎」
「…おう。…それはいいんだが、お前、い組を覗きに行くのそろそろやめたら」
「いいのいいの!仙蔵だって見に来いって言ってるんだから」
「…」















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