B

「あ、来た」
「おう」

小平太が顔を向けた先には、片手を上げてこちらへ歩いてくる制服姿の留三郎がいた。

「お前声でかい」

輪に入った留三郎は、若干苦笑いを浮かべて「なぁ」と伊作に同意を求めた。しかし伊作は、和やかに返すのかと思いきや、小平太に聞こえる様に「本当だよ!恥ずかしかった」と少しむくれて答えた。

「何が恥ずかしいってんだよ」

心外そうに目を丸くした留三郎は、まるで小平太を庇うようにそう言った。伊作は伊作でそれがひどく心外だった様で、次に言う言葉をなくしている。

「…何が、って言われても…」
「そりゃ、あんなに大声で言われたら誰だって嫌だろう」

2人の間に割って入るのにほんの少し躊躇ってから、思わず伊作に助け船を出した。すると留三郎は、ちらりと私を見てから「行くぞ」と伊作の手を引いた。

「え、どこに?」

手首を引かれ、留三郎の隣に並んだ伊作の、転びそうな後ろ姿。留三郎とはこんなにも強引な男だったのか、とどこか感心した。

「俺の彼女ですって、みんなに紹介してやる」
「い、いいよ、そんなの!」
「堂々としてりゃいいんだ、お前は」
「…でも、仙蔵が…」

有無を言わさぬ口調の留三郎に、戸惑いを隠せない。どうしたものか。小平太も潮江もただ2人を見つめるだけだ。
だんだん離れて行く伊作が、助けを求める様にこちらを見たので、追いかけようと決めて一歩前へと踏み出した。

しかし、強い力でぐっと肩を引かれ、足を止めた。
見ると、私の肩をつかんでいるのは小平太で、彼は私を宥めるような愛想の良い笑みを浮かべていた。

「まーま、放っとこうよ」
「でも」
「留三郎にとっては自慢の彼女なんだって」
「悪いが、言ってる意味が良く…」

眉をひそめて潮江を見るが、潮江は私を見ずに小平太と目を合わせてから、ぼそりと「留三郎の気持ちは分かるけどな」と言った。
私には何も分からないけれど、男3人には通じ合うものがあるらしい。
よく男と女はものの考え方が根本から違うと言うけれど、これほど分からない生き物だっただろうか。

「うわ、すっごい綺麗な髪してるなぁ、仙蔵」

既に見えなくなってしまった伊作の背中を未だ見つめていたところ、急に視界いっぱいに小平太が映りこんできたものだから驚いた。
しかしそこに潮江がいることを思い出して気を取り直す。
というか、髪を褒められると純粋に嬉しくなって顔に出てしまうのだ。我ながら単純だとは思うが、そこに潮江が居るのだから尚更。
おかげで小平太に向けて柔らかく微笑むことが出来た。

「ああ。ありがとう」
「触っていい?」
「え…あぁ、いいよ」

ぬっと伸びてきた手が、顔の横に垂れた髪をすくった。指が頬をかすめたが、小平太が気にしていない風だったので気付かない振りをする。
「すごいな〜…」と小さな小さな呟きが聞こえた。その距離が近すぎて何だか居たたまれない。そわそわする私に気付いたのか、小平太は全てを払拭するような笑顔を咲かせて距離をとった。
「ありがと!」と言って私の頭を手触りを確かめるように撫でる。その手付きは少し乱暴で、頭がゆらゆらと揺れるほどだった。

もし潮江に頭を撫でられたらこんな感じだろうか、という考えが頭に浮かび、頬が熱くなった。

小平太の手が離れていって、髪が乱れたかもしれないことが気になった。鏡が見たいが、こんな日に限って家に忘れてきてしまうなんて。
小平太に咎めるような視線を送りつつ手櫛で髪を整える。が、彼に私の視線はまったく通用しなかった。
いっそ清々しい。

「あー俺着替えてくるわ」
「え…」

小平太と向かい合っていると、潮江が突然くるりと背中を向けて歩き出した。

放ったらかしにしたから、つまらなく思って行ってしまうのだろうか。
そうだとしたら、謝ってでも行かないでとすがってしまいたい心境だったが、きっと本当に着替えたいだけなのだろう。
まだろくに話もしていない。顔すらしっかり見ていないというのに。

小平太は何故か「あーあ」とおどけるように頭の後ろで手を組んだ。切羽詰まっている私の心の内に気がついているのかもしれない。
また頭の中でぐるぐると台詞が回る。「着替えなんて後でもいいじゃないか」「ちゃんと戻ってくるんだろうな?」「…一緒に居て欲しい」

遠ざかって行く背中に向かってぎゅっと拳を握りしめ、ひっくり返りそうな声を押さえるのに注意しながら、慎重に口を開いた。

「また、後でな」

勇気を振り絞ったというのに、潮江が振り向く気配はない。しかし、その手は返事をするよう軽く上げられ、更に「おう」という返事が微かに聞こえた。














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