C

気付けば小平太と2人だけでその場に残されていて、何となく気まずい雰囲気を感じながらも何とか歩み寄ろうと口を開く。

「今日は体育祭だったらしいけど…、」
「え?違うよ、今日は球技大会」
「あれ、そうなのか」

体育祭と球技大会が別である理由は何だろう、とぼんやり考えていると、小平太は「そうだそうだ!」と非常に楽しげな声を上げて少し離れたところに見える校舎を指した。

「あれが第一体育館!いつもバレー部が使ってるんだ」
「へー…」
「なか見せてあげよっか?」

別に興味もなかったが、小平太が「行こ行こ!」と元気に駆け出すものだから、慌ててその背を追う。
が、これが男女の差か。足には自信があったはずなのに。いや、相手はスニーカーで私はローファーだからだ、きっと。
小平太が風のように走るものだから、どんどん離れていってしまう。

「小平太!ちょっと、待てっ」
「あれっ」
「あれっじゃない!」

校舎の入り口付近でようやく立ち止まった小平太は息一つ乱さず、私の声を聞くと意外そうに振り向いてきょとんとした。
一方ゼェゼェと肩で息をする私は、膝に手をおいて忙しなく呼吸を繰り返す。
ああ…絶対髪も乱れた。

「いきなりダッシュするなっ!」
「えー、女の子だし加減したんだけど」

加減してそのスピードか。それとも私が遅いとでも言いたいのか、こいつは?
「ごめんね」と言って宥めるようにまた頭をポンポンと撫でてきたが、今度はペシッとその手を振り払ってやった。しかし小平太は気にする風もなく、ニコニコと私のペースを窺いながら校舎に入り、階段を上っていく。

ペタペタと足音を立ててついたのは、やたらと高い場所だ。椅子がその空間の三方をズラッと取り囲んでおり、下にはバスケットゴールや色とりどりのテープで区切られたコートが見える。

「観客席…?」
「前までいくとよく見えるんだ」

観客席の備わった体育館なんて贅沢な。
椅子の上をまるで階段を降りるように、軽やかに背もたれを跨いで降りていく小平太。その背を追って傍らの階段を降りる。

観客席の最前列には気休め程度の柵があった。そこに手を添え、改めて体育館の中を見回す。
広い。

「今日はないけど、いつもここでバレーやってんだ」
「へぇ」
「今度見に来てよ!文次郎も居るし」
「あぁ、潮江もバレー部なのか」

小平太はおどけた様な笑みを浮かべながら「うんうん」と頷いた。
何が楽しいのだろうか。

「俺さ、はじめ仙蔵が文次郎の彼女だと思ったよ」
「…え?」
「…あれ?違うよな?」
「あ、うん。違う…というか」

…え?
思考がぐるぐると回る。
あ、潮江には彼女がいるのか?
いや、そんなまさか。

…。

想定外の事実に頭の中が真っ白になってしまった。

良く考えてみればその可能性は十分過ぎるほどにある。ああいう渋いのに惹かれる女なんて山ほどいるに違いないのだから。
何故今までその考えに至らなかったのだろう…。

「どしたの?」
「あ、いや、…伊作と留三郎はどうしたかと思って」
「あ〜」

尻のポケットから携帯を取りだした小平太の指が、ボタンをカチカチと鳴らす。
その音をぼんやりと聞きながら柵から下を覗く。なんだか、慣れてしまえばそんなに高くもないと感じた。

「落ちちゃうよ?」
「でも…着地出来そうだな」
「うん、まぁ怒られるけどね。留三郎さ、伊作と一緒に帰るって」
「…あぁ、そうか」
「仙蔵も駅までちゃんと送ってくよ!だから安心して」

ニコニコしている小平太に悪いと思って微笑を返すが、何故か「元気出せ!」と言って背中をぽんと叩かれた。
無遠慮に触れてくる大きな手のひらに戸惑いながら、しかし優しくて懐の広い男だと感じた。

「小平太は犬みたいだな」
「えっ!なんで?」
「さあ」

はぐらかすと、小平太は「じゃあ仙蔵は猫な」と言って快活に笑った。















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