F

端から見たら手を繋いでいるカップルに見えただろうか。しかし実際は、潮江が私の手首を掴んで連行しているに過ぎない。潮江の不機嫌も相まって、私にとっても非常に不愉快だ。

ただ、早く終わらせてしまって、明るい場所でこの男と色々な話をしてみたかっただけなのに。

しばらく歩くと、潮江は気まずそうにそーっと私の手を離した。

「…悪ぃ、いきなり」
「…いや、」

こちらを見ようともしない潮江に、一応微笑んでおく。

ふと、何故私はこんなに気をつかっているのだろう、と疑問が湧いた。
答えは簡単だ。こいつに嫌われたくないから。素直に認めるのはどこか悔しいけれど、好きだな、と感じていた。

そう気づいたとき、何故か自尊心が傷つけられた心地がした。
悲しい。

「あ、いた。あいつら」
「え?」

ぼーっとしていたため、潮江の目には映ったらしい伊作達の姿が、私には見えなかった。
キョロキョロしていると潮江は「あぁ、行っちまう」と焦った声を出し、また私の手をつかんだ。

今度は、手首ではなく手のひらを。

潮江は何の動揺も見せず、ぐいぐいと私の手をひいて人の間をすり抜けて歩く。
走るようにその背中を追いながら、私は直ぐにでも手を振り払いたい衝動に駆られた。
手のひらから熱が体に伝わっていく。手のひらから私の緊張が知られているに違いないのだ。
恥ずかしい。

力を込めていいのか分からず迷いながら、手を繋いで歩いている途中、親子連れが目に入った。

小さな娘の手をひく父親。
人ごみの中で父親は娘の脇に手を入れると、肩にひょいと乗せた。肩車をされて嬉しそうにしている娘の笑顔を見て、何故だか自分と重なって見えた。

あぁそうか。と思って、全てが馬鹿らしくなった。
この感情は何と表現すればいいのだろう。

そうだ。

惨め、だ。




パシッ!




気付くと強い力で潮江の手を振り払っていた。

「…、…」
「あ?…何か言ったか」

潮江が怪訝な表情を浮かべ、遠く(恐らく伊作達のいる場所)を確認している。急がなければ見失ってしまうと焦っているのだろう。
しかし、動き出した私の口は止まらなかった。

「…気安く触るな」
「え………あ、ああ悪い。目離すとまたふらふらどっか行っちまうかと」
「ふらふら、だと?」

その言葉に反応して、片目がぴくりと動いたのが分かった。突き放すような視線を向けてしまう。
私には昔、手を離されるのが嫌で、先にこちらから手を離すという変な癖があった。
その癖がまた出て来ている。小さな子供に戻ったような気がした。

「私がいつふらふらした」
「さっきだ、ついさっき。良く知りもしねぇ奴にメアドを」
「お前のことだってろくに知らないが」
「だから?触るなって?」

売り言葉に買い言葉。そんな言葉が浮かんで消えた。早く、次の反撃に出なければ。
一見冷静そうに見える潮江も、心の中では憤っていることが、その目を見て分かった。私も同じような状態だ。

「軽い女じゃないからな。私は、少なくとも、良く知りもしない異性の手を握ることなど」
「ほーお」

イライラして、頭に熱が昇ってくるのを感じた。馬鹿にされるのが、見下されるのが1番嫌いだ。特に、潮江のような奴とは常に対等で居たいのに。

私を鼻で笑った潮江の顔を狙って、りんごジュースの缶を投げた。

パシッと小気味の良い音がして、見るとそれは潮江の手の中に収まっていた。
いとも簡単に受け取られてしまったが、今度はこちらが歪んだ笑顔を浮かべることに成功した。

「いるか、こんなもの」

ふん、と鼻を鳴らしてくるりと背を向ける。後ろから「仙蔵ーっ」と伊作の声が聞こえたが、人の間を縫って逃げるように駆け出した。

どこへ行こう。グレープ屋、久々知、綾部、どこでもいい。

ああ取り返しのつかないことをやってしまった、と。
走りながら後悔した。















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