G

教室に入り、いつものように自分の席に座る。机に入れっぱなしだった小説を取り出し、活字を目で追うが、全く頭に入ってこない。しかし、規則的な字の並びを見ているうちに、少しずつ気分が落ち着いていくのを感じた。




「仙蔵」

しばらく本を読んでいると不意に名前を呼ばれ、顔を上げると心配そうな顔をした伊作が教室に入って来た。
伊作が隣の椅子を引き寄せて腰をかける。清潔なシャンプーの香りがふわりと漂った。

いつも、伊作の目を見ていると穏やかな気持ちになってくるから不思議だ。こういうのを、人間的な魅力というのだろう。

「どうしたの」

髪を撫でられて、顔を覗き込まれた。首を傾げる伊作が静かな雰囲気を作ってくれたので、私は自分のペースで全てのことを話す気分になった。




話し終えると、伊作は静かに微笑んで私を見つめた。

「じゃあ仙蔵は、潮江君のこと嫌いな訳じゃないんだね」
「…ああ」
「なら謝りに行こうよ」

目を逸らす私に向かって、伊作は内緒話をするように「実はね、」と囁いた。

「潮江君も仙蔵に謝りたいんだって」









伊作が仙蔵を追いかけて数十分ほど経ったとき、留三郎の携帯がピロロ、ピロロ、と音をたてた。

「伊作?どうした?」
「…」

その場にしゃがんでいた文次郎は、フェンスに凭れかかって電話をしている留三郎を見上げた。

文次郎の瞳には生気が無く、力無く後頭部に手を添えるその姿は、叱られるのを待つ子供のようだ。

「あー…伝える。ん、大丈夫。…じゃ、また後で」

電話を切った留三郎は、気まずそうに潮江の表情を窺った。

「…なんだよ」
「今日は、もう帰れだと」

それを聞いた瞬間の文次郎を見て、それが珍しく落ち込んだ様子であったため「ぷっ」と小さく噴き出してしまった留三郎は、彼が怒りの表情を浮かべる寸前に慌ててこう付け足した。

「あと、ごめん、良ければまた会いたい、だと」
「え」

ぶわっと風が吹いて二人の髪が揺れる。文次郎は強い風に目を細めたが、その瞳が輝いたのが留三郎には分かった。
服をはためかせながら思わず「分かりやすい奴」と呟いたが、文次郎の耳には届かなかったらしい。

「…それ、どういう意味だと思う」
「知るか」

文次郎を促して門を出た留三郎は、そわそわと落ち着かない文次郎の質問に対して真剣に答えようとはしなかった。

文次郎は今まで女と付き合うことはあっても、本気で彼女達と向き合ったことは一度もない。
留三郎から見れば、一途な彼女達が不憫で仕方なかったのだ。

だから、伊作の友達と文次郎がもし男女の関係になるとしたら、立花どころか伊作まで悲しませることになりかねない。

留三郎は、それだけは何が何でも避けたかった。









「これで良かった?」
「ああ。ありがとう」
「ねぇ仙蔵…それってさ、恋だと思う?」
「…さあ」

窓際に並んで校庭を眺める仙蔵は、頬肘をついてしばらく首を傾げたあとで「違うんじゃないか」と軽い調子で言った。「本当に?」と伊作に詰め寄られて答えあぐねているところへ強い風が吹いて、二人の髪を揺らした。
それをきっかけに窓を閉め、二人はまたクレープの屋台へと戻って行った。















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