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約束というのは口実だったが、久々知は「ついでなので。よろしくお願いします」と言って、靴を入れる用の袋を数十枚渡してきた。今まではこれを1人で全員に配っていたらしい。
久々知を手伝ってビニール袋を配っていると、先ほどの二人が久々知から袋を受け取り、人の流れに従って講堂の中へと入って行くのが見えた。

もう階段に新たに人の姿が現れることもなく、講堂も電気が消され、いつ始まってもいいように準備が整えられていた。
久々知は腕時計を見て難しい顔をしながら、私の背を押した。

「かなり遅れたな…。先輩も、早く中へ」
「お前は?一緒に観ないのか」
「私は外で待機することになっているんです」

元々1人で観るつもりだったため、「分かった」と頷いて靴を脱いだ。袋に靴を詰めて、暗い講堂の中へ足を進める。
後ろの長椅子が空いていたので、そこに腰をかけた。

久々知は講堂内に居る生徒会の者達に、トランシーバーで何やら伝えているようだ。そろそろ始まるのだろう、と思って暗い舞台に目をやる。
ちょうど舞台と長椅子席の間、ござが敷いてある場所に、先ほどの二人組が見えた。
と言うか、後ろを見ていた彼らとばっちり目が合ってしまった。

すると彼らは、こちらを指して何やら話し合い始めた。
気付かなかった振りをして目を逸らす。
こちらに来られたら、と思うと正直うんざりした。

少しでも近寄り難い女だと思って貰えるよう、足を組んで強気な態度を示す。
なるべく真剣に、こっちへ来るな、と念じてみるがそれが彼らに伝わる訳もなく、久々知が講堂のドアを半分閉めたとき、彼らが揃って腰を浮かそうとしたのが見えた。

光が遮断され、更に暗くなった講堂内。もう二人組の動きを確かめることは出来ない。
暗い場所は落ち着くので好きだったはずなのに、今はこの空間が忌々しくすら思える。

すると、一旦は暗くなった講堂内に僅かな光が戻ってきた。

顔をあげると、久々知が閉めかけたドアをまた開けている。

次の瞬間、光の中から現れたのは潮江だった。

彼の姿から目が話せず、胸がざわざわと騒ぎ出す。

別段飾り立てている訳ではないが、整った顔をしていて、その健康的な体つきや堂々とした立ち姿が、男に形容するのは初めてだが「綺麗」だと思った。
どうやって気付いて貰おうかと考えを巡らせているうちに目が合ったので、慌てて組んでいた足を解く。
直ぐに気付いて貰えたことが嬉しくて、体の奥がじわっと熱くなった。

潮江は真っ直ぐ私に向かって歩いて来て、すぐ傍に立つと「一緒に観ていいか」と、尋ねた。

「ああ、いいぞ」
「すまん」

潮江は何故か謝りながら私の左隣へ腰をかけ、長椅子の下に、ビニール袋を下敷きにして靴をその上へ置いた。

久々知が潮江を見ていることに気付き、私はジェスチャーで「こいつは大丈夫だから、早くドアを閉めろ」というような内容を伝えようとした。
が、なかなか上手くいかない。
ジェスチャーが伝わる気配はなく、もしかしたら途中の動きが手招きに見えたのかもしれない。久々知はこちらに来るため、靴を脱ごうとしていた。
潮江は、私と久々知とを交互に見て「どうした」と問いかけてくるが、それに答えればその間に久々知はここまで来てしまう。

久々知と目が合っている間に、私はピタッと潮江に自分からくっついて見せた。
すると久々知はきょとんとして数回目を瞬かせたあと、もう一度潮江に目をやって、今度こそ外に出てゆっくりとドアを閉めた。

「おい…立花」
「あぁ悪い」
「いや、俺は、別に」

咎めるように言われた気がして温かい体から離れると、潮江はぼそぼそと歯切れの悪い台詞を口にした。
ドアが閉められ、ついに真っ暗になってしまったので、潮江の表情は分からない。

「暗ぇな…」
「私の顔が見えるか?」
「…いや、」

徐々に目が慣れてきて、ぼんやりと彼の輪郭ぐらいは分かったが、潮江は明るい外から入ってきたばかりで、まだ目が慣れていないようだ。

「そう言えば伊作と留三郎は?」
「あいつらはお化け屋敷に行った」
「そうか…。仲がいいな」
「まぁ、付き合いが長いからな」
「…そうだな」

会話が途切れたので、エプロンの裾を手で押さえ、音を立てぬように両足を長椅子の後ろに回し、潮江の背後からそっと彼の左へと回った。音を立てないように彼の隣へ腰をおろす。
そして手のひらを口に当て、笑いを堪えた。

「…立花?」

目が慣れてきたらしい潮江は、自分の右隣に誰もいないことに気付くと辺りを窺い、こちらを向いて「うわ」と小さな悲鳴を上げた。

「ぶっ!」

堪え切れずに噴き出して笑うと、潮江は悔しそうに「ガキかッ」と呟いて、未だ笑いの止まらない私の頭を軽く小突いた。















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