バーカ 留三郎は、あれでいてなかなか気の利く男だ。 喜三太、しんべヱの子守りをした日には、礼だと言って首人形の手入れを手伝ってくれたり、 私の苦労を理由にちょいとねだれば、長次の目をかいくぐって、持ち出し禁である読み物を持ってきてくれたりもした。 「いや、悪いな。ありがとう」 「そう思うなら少しは遠慮しろっての」 優しいくせに、それを主張しないあたりも、この男の魅力だ。 「そうそう、町にうどん屋ができたとか。知ってるか?」 「ああ。この間伊作と行ってきた。なかなかうまかったよ」 「どの辺りだ?」 話しているうちに部屋へついた。 うどん屋への道のりは、また今度地図を描いて来てもらうことにした。 留三郎と別れ、部屋の戸を開ける。 そこには、見慣れた背中があった。 「文次郎。居たのか」 声をかけても、微動だにしない。 もしかしたら、日々の鍛練で疲労が溜まり、座ったまま眠っているのかもしれない。 (大きな声を出して驚かせてやろう) 忍び寄ると、ギョロリとした丸い目が意外にもすぐ、隣に座る仙蔵を捕らえた。 「寝てたんじゃ……」 「近寄んな、バーカ!」 「な、どうした、いきなり」 突然いつもとは違い、子供っぽい罵り文句を浴びせられた。戸惑い、その場で固まった。 文次郎は、それ以上何も話すつもりはないらしく、無言で視線を合わせようとしない。 (何か気にくわないことでもあったのか……?) 自分にも、苛立ちのあまり、相手が誰だろうと怒鳴り散らしてやりたい心情のときがある。 仙蔵は、一人にしてやろう、と音を立てぬように部屋を後にした。 → |