Long | ナノ



気づかなかった



いや、気付いていないふりをしていただけなのかもしれない





ラブレター








(あーあ。何してるんだろ、わたし。テストといい、この状況といい…。)



テストを終えた翌日の放課後。
リノアは体育館の用具室の中に居た。体育で使用する体操用のマットを敷いて、その上に体操座りで身を縮こまらせていた。



――ことの発端は小さな手紙。
爽やかな青空色の封筒に入っていた便箋には、リノアのことが以前から気になっていて、今日の放課後に体育館裏に来てほしいという内容が綴られていた。いつの間にか鞄に入っていたそれは、いわゆるラブレターというものだった。



『どうするの?行くの?行かないの?』
『せっかくお手紙くれたんだもん。ちゃんと顔見て断ってくるよ。』
『じゃ、諦めないんや?レオンハートセンセのこと。』
『もっちろん。テストも散々だったし、神様からの諦めたほうがいいっていう暗示じゃないかなんて気もするけど、思い通りになんてならないんだから!』



セルフィとそんな会話を交わしたのは今日の午前中。
ラブレターに対して、怪しみの目を向けたセルフィが心配してくれていたことを思い出す。
悪戯かもしれないが、そうではないかもしれない。スコールのことが好きだという気持ちを止める気もなければ、それ以外の人に恋をする気もない。
だが、告白をすることも一大決心なのだから、やはり気持ちを聞くことだけはしたい、そう思って来たらこの有様だ。

目的地でわたしを待っていたのは、男の子、ではなく、顔くらいは見たことがある女子数人。スコールのファンクラブだと思しき少女達に囲まれたリノアは、一瞬の隙をついて逃げ出し、ここに身を隠した。
しかしその場所のチョイスが間違っていた。終業式を明日に控えた体育館は部活動もなく、何の変哲もないパイプ椅子が並んでいるだけ。少女達の足音が遠ざかっていくことに安心した直後、聞こえたのはガチャリという音。扉が閉ざされた音だった。
慌てて叫ぶも、壁の厚さ故か、鍵当番の教師らしき人物が急いで立ち去ってしまった為か、誰にもその声が届くことがないまま今に至る。



「…ついてない。」



明かりもほとんど届かない、誰もいない空間に自分の声だけが響く。
眉を下げたリノアは物悲しい思いに駆られながら、マットに横になった。 学校用具独特の匂いが少し鼻につくが、それでも固くて冷たい床よりは何十倍もマシだ。そう思えば、閉じ込められる場所として、ここは意外と快適な方なのかもしれない。

リノアはごろりと仰向けになって艶のある黒髪をマットに散らばせると、胸ポケットの学生手帳を取り出し、その間に挟んでいたプリントを広げた。
それは今日の授業で手元に戻ってきた、勝負の勲章。


『15』


テスト用紙に赤いペンで大きく書かれた数字は、何を隠そうリノアが叩き出した点数。



「解答順が違ったなんて…馬鹿みたい。」



薄暗さにも慣れた目で紙を見つめながら、抑揚なくそう呟いた。ずらりと縦横に並ぶ解答欄に記された答えは、解答欄こそ違うものの、それすら合っていれば本当に100点だったのだ。
何度も確認したにも関わらず、そんな初歩の初歩でミスをするとは。満点どころか赤点で、褒めてもらうには程遠い。おまけに冬休みには赤点を取った人向けの補講授業まである。 テスト用紙を返してくれる時のスコール先生の呆れた表情を思い出すたび恥ずかしくて火が出そうだった。

大きく息を吐き出すと、そのプリントを裏返し、逃走中に握り締めていたラブレターと共に傍に置く。
左手首に馴染む時計に目をやると、短針が指す先には7という数字。閉じ込められてからもう2時間近く経っていた。
それに気付くと、今まで気にならなかった寒さを急に感じて身を強張らせた。冬は寒い、夏は暑いという非常に厄介な特徴を持つ体育館。クリスマス目前のこの時期、冷え込むには十分すぎる時間帯だった。コートも携帯も教室。コンクリートでできた無機質な壁の見た目が余計に寒く感じさせる。
換気用に備え付けられた鉄格子付きの小窓に目を移すが、日が沈んだ今、光を室内に取り入れる役目は果たしていなかった。



「なんとかなるなる。」



悲観的な考えを打ち消すように呟いた呑気な言葉にくすり、と笑みを浮かべるリノア。仰向けだった体を転がし横向きになると、体温を少しでも逃さぬよう、猫のように体を丸くして瞳を閉じた。

テストの結果にはめげず、今日は新しく入った分野を教えてもらおうと折角スコールに約束を取り付けたというのに。 こんなことになっていなければ、きっと今頃教室で勉強会だったはず。100点取れたら褒めてなんていう我儘は叶わなかったにしろ、それでも冬休み直前の楽しみだったのに。

リノアがテストの言い訳をして、その言い訳に呆れ顔をしながらも聞いてくれるスコール、今や日常茶飯事とも言えるそんな光景を瞼の裏に想い描きながらリノアの意識は遠のいていった。






***






いつだっただろうか。あれはわたしがうんと小さい頃。
暗い部屋に一人ぼっちで布団の中で泣いていたあの日。確か、雪が降っていた。
大好きなお母さんは入退院を繰り返していて、それが幼心にとても怖くて、わたしは泣いていた。


『…おかあさん。』
『なぁに、リノア。私はここに居るわ。』


泣いているうちに眠ってしまったのか、無意識に唇からこぼれた声に応えてくれた優しい声と優しい手。反射的にその手を握ると、途端に心が温かくなる。大好きな温もり。
そのまま抱き上げて、頭をそっと撫でてくれるお母さんがわたしは大好きだった。

―――その大事な温もりを失くしてしまったのは、それから1週間と経たない日だった。

お母さんの面影が残るわたしを見ることがつらくなったのだろう。優しかったお父さんはその日を境にわたしにほとんど触れてくれなくなった。
今なら分かる父の気持ちも、幼い子どもに理解できるはずなんてなく、溝は深まるばかり。反抗ばかり繰り返していた日々もあった。
でもわたしはただ、お母さんの面影、とかそんなの関係なく、一人の娘として、お父さんに認めてもらいたかっただけなの。いつか昔のように優しく頭を撫でてもらいたいって。

…そんな風に、きっとわたし、スコール先生にも認めてもらいたかったんだと思う。






***





―――よく、頑張ったな。




耳に入った優しい声は、そう言った。これは夢か現実か。
うっすらと開いた視界の中で栗色が揺れる。



「せんせ…?」



寝おきの頭はなかなか状況を把握してくれないが、目の前に居るのは紛れもない、スコール本人だった。
何も握っていなかったはずの自分の手の中に感じる温もりと、自分の頭の上に感じる重みは一体何だろう、とその疑問に完璧な答えを出す間もなく、突如リノアの頭に軽い衝撃が襲った。



「あだっ。」
「ったく、何してるんだ、あんたは。」



どうやら目の前の人から頭を叩かれたらしい。なぜ叩かれたのか、とかそんなことには考えが追い付かないが、それでも今の衝撃のおかげでようやく今の状況を思い出した。スコールに手首を掴まれ引っ張られたリノアは、その力を借りて上半身を起こした。



「何で先生がここに…。」
「……………偶然な。」
「偶然?体育館に?」
「……明日の終業式の準備に必要なものを取りきたんだ、そしたらあんたがいた。あんたこそ何でこんなところに。」
「わたしも、偶然!偶然ここにきて、そしたら鍵かけられちゃって。」
「……そうか。」



問い返された疑問に一瞬どもるものの、慌ててスコールと同じく偶然だと装うリノア。
嘘はついていない。心配をかけるわけにはいかない、そう思うと本当の経緯など言えなかった。とにかく、差し障りのない理由に対し更に追及もされずに済んだこと、そしてここで一夜を過ごすことがなくなったことにほっと一息つく。
ただ、それよりも今は―――、



「嬉しい。」
「は?」
「スコール先生が来てくれて、わたし凄く嬉しい。」



心に抱いた気持ちをそのまま口に出した。自然と唇は弧を描く。

時計を確認してみれば既に8時を過ぎている。教師と言えど帰っていて不思議じゃない時間。詳しい経緯はリノアには分からないが、もしかするとリノアとの勉強会の為に残っていてくれたのかもしれない。
偶然だと言う彼にリノアもまた、それ以上問い詰めることはなかったが、随分と出来すぎた話だった。本当に偶然が重なりあっただけの可能性も否定できないとはいえ、やはり心配して探しにきてくれたのかもしれない。
そんな想像をすると、心躍る気分だったのだ。



「……”先生”だからな。」



しかし返ってきたのは、恋する乙女には少し切なくて痛い言葉だった。だがそれは二人の関係にとって当然の言葉。浮かれた気持ちに釘を刺されたようで、リノアは変わらぬ笑みを浮かべるよう努めた。



「〜〜へっくしゅ!」
「ったく。ほら、立て。今日は早く帰って休め。」
「あ、もうっ、もっと優しくしてよ〜。」



そんな想いを知ってか知らずか、突然スコールはリノアの手首を強く引っ張り上げた。咄嗟に対応出来ず、よろめきながら唇を尖らせると、自分の手首からスコールの手が離れていく。
手首が妙に寒く感じる。――そこでようやくリノアは気がついた。



(そういえば先生、ずっとわたしの手…、)



顔全体に熱が集まってくる。それを冷やすべく、慌てて冷え切った手のひらで自分の頬を包んだ。
と、同時に、肩にかかる重み。驚いて肩先に目線を移すと、自分のものではない黒いコートが目に映る。そしてそれに対して口を開く間もなく、頬に充てていた片方の手を取られた。いや、正確には、手首を再び掴まれた。
そのまま細い手首を引いて、スコールは歩き出す。何も言わず、ただひたすらその長い脚ですたすたと歩き、リノアが閉じ込められていた用具室から、そして体育館から抜け出した。歩幅が違うせいでリノアは早歩きというよりも、小走りになっていた。



(顔が、熱い…。)



リノアの片手は前を歩くスコールの手の中、もう片方の手は肩にかけられたスコールのコートが落ちないように握りしめているせいで、他に頬を冷やす術がない。
顔も、首も、頭も、握られた手首も、コートが乗った肩も、どこも熱を持っていた。



「あ、あのっ。」
「何だ。」
「その…、えっと…手、何で…。」



振り絞った言葉。リノアの前を歩くスコールの表情は窺えない。
何故手首を握られているのだろう、何故スコールは何も言わないのだろう、何故優しくしてくれるのだろう。



(――全部全部、”先生”だから?)



問いに対する答えを聞けないまま、教室に辿り着いた。
いつもは遠く感じていたはずの体育館から教室までの道のりがリノアには随分と短く感じられた。教室に足を踏み入れるや、すぐに足を止めた先生の背中にぶつかり、リノアはうるさく響く胸の鼓動を誤魔化すように口を開いた。



「いきなり止まらないでよ〜。」
「…知っているか?」
「え?」
「寒い時に温めると効果的な体の部位。」



スコールが背後のリノアに振り向いた。数分ぶりのスコールの顔は、奥の窓からの明かりのせいか、少し逆光で暗く感じる。
突然の問いに首を傾げると、



「首だ。」
「首…?」
「首、手首、足首、とかな。そこを重点的に温めると全身が温まるのも早い。」
「あ、…ああ、だからさっき…。」



辞書を音読するかのような淡々とした解説に、リノアはまばたきを数回。
そこでようやく、これが先ほどの問いの返答であると気づき頷くと、掴まれていた腕が解放された。再び手首がひんやりとする。



「気を付けて帰れ。もう面倒に巻き込むなよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「鍵の担当には明日言っておくから。…じゃあな。」



申し訳なさと嬉しさの狭間でリノアは頭を下げると、肩にかかっていたスコールのコートを手渡した。スコールは無表情でそれを受け取り、コートと鞄、全て自分の腕一本に抱えこむ。

――その後のリノアの行動は、ほとんど無意識だった。
リノアを横切って教室の出口から出ようとしたスコールの、荷物を持った腕と反対の手を咄嗟に両手で包みこんだ。大きな手はギュッと固く握り拳が作られている。



「待って。」



電気が消えたままの教室で、唯一の明かりは窓から入り込んだ外灯の光。
二つの影が少しだけ繋がっている。

リノアはからからに乾いた喉を潤すように、息をのんだ。スコールは歩みこそ止めたものの、振り向くことはしない。
テストも100点取れなかった。だからまだ、言うつもりなんてなかったはず。
だが、目覚める時に聞こえた、『よく、頑張ったな』の言葉がリノアの背中を後押しした。
夢か現実かは定かではないが、それはきっとリノアに向けられたもので。点数なんて関係なく褒めてくれた、認めてくれたことが嬉しくて。



解答欄を間違えてしまったテスト、
嫌がらせのラブレター、
独りきりの寒い密室。



(とてもアンラッキーな一日だったけど。)



大好きな人が、
褒めてくれて、
捜しに来てくれて、
温かさをわけてくれた。



(…なんてラッキーな一日なんだろう。)



リノアはもう、黙ってなどいられなかった。
考えるよりも先に言葉が飛び出す。



「わたし、先生のこと、」



(――ねぇ、気付いているんでしょ?わたしの気持ち。)



「好き。好きです、先生。」






Love Letter
(もう、気づいていないふりなんて、させない。)

END
⇒おまけ(スコール視点)



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