***
「釣れないねー。」
「お前がギャアギャアうるせぇからだ。」
「ひどい。サイファーの顔が怖いからだよ。笑顔笑顔!」
「…けっ。」
暫く沈黙が続いたと思えば、短いやり取りを交わし、また互いに黙る。そんなことを繰り返していると、ふいに「ごめん」という一言がわたしの耳に届いた。
わたしも海を見つめたままで、「うん」とだけ答えた。
突拍子もない謝罪の言葉。
何が、とは聞かなかった。
野暮な質問だ。
波の音で容易く掻き消されてしまいそうなほど小さな声は不安に揺れ、多くの後悔を抱えていたから。
思わぬ重荷を抱えてしまったわたしに対して、色んな思いが渦巻いていたのが分かってしまったから。
『巻込んでごめん』
『背負わせてごめん』
『助けられなくてごめん』
『裏切ってごめん』
そんな言葉達が浮かんでは消え、浮かんでは消え、当てもなく彷徨っていた。
だから、わたしは代わりの言葉を彼にあげた。
「わたし、後悔してないよ。」と。
水平線を見つめてそう言った。
彼の顔を見ずとも、凄く不思議そうな顔をしていることが分かる。
「わたしにはスコールやゼルやセルフィ、キスティスやアーヴァイン、シドさんにイデアさん、…それに、サイファー。沢山の仲間が傍にいる。」
「……。」
「こうなったのはサイファーのせいでも、誰のせいでもないと思う。」
辛そうな表情。
そういう顔、似合わないよ。
わたしは微笑んでこう続けた。
「"運命"よ。わたしは魔女の力に選ばれたの。この人なら力を乱用したりしないって…、ね?」
わたしの物言いに押されたのか、ようやく彼に僅かな笑みが戻る。
「随分楽観的考えじゃねぇか。」
「わたしは良い魔女になるの!サイファーもそう思うでしょ?」
「くくっ…、かなり子供っぽくって我儘な魔女様になりそうだな。」
「そんなことないもん。」
頬を膨らませると、「おもしれー顔」とまた笑われた。
やっぱりこういうのがわたし達らしい。
こういうのがわたし達であってほしい。
改めて思った。
***
ひとしきりからかい合って笑った後、わたしはサイファーの持つ釣竿に動きを見つけた。
「あ…!」
思わず声を上げると、彼も「やっと来やがった」と言いながら竿を構え直す。どうやらかなりの大物らしい。サイファーは姿の見えない大物をゲットするべく立ち上がり、わたしもつられるように立ち上がると、ことの成り行きを見守る。
彼が目一杯力をいれて引いた次の瞬間。
「―――っ!」
彼が釣り上げたそれは…―
古い長靴だった。
「……………。」
「…よくある、よくある。」
覗き込んだ彼の顔には青筋が浮きだっていた。わたしが呟いたフォローの言葉は余計なお世話だったらしく、鋭い目つきで睨まれる。
「!」
しかし、何気なく覗き込んだ長靴の中にあるものを見つけたわたしは、直ぐさまサイファーの上着を引っ張った。
「あ゛?」
わたしが中のものを指し示すと、彼も中を覗き込む。
海水が溜まった長靴の中にいたのは、ほんの小さな魚だった。
「これ…バラムフィッシュ?」
「どうでも良いけどよ、食えねーじゃねぇか。こんなちっせーの。」
「食べることしか考えてないの?」
「お前にそんなこと言われる筋合いはねぇな。」
じーっと魚を見つめるサイファーは『売れねぇ』とか『食えねぇ』とか言いながら、この子の使い道を考えているようだ。
わたしは再び彼のコートを引っ張ってこちらを向かせると、「放してあげようよ」と言った。
…あ、嫌そうな顔。
「こんなに小さいんだから良いじゃない。」
付け加えると、ぽりぽりと後ろ頭を掻くサイファー。
「仕方ねぇな。……おい魚、感謝しろよ。」と呟きながら、彼はしゃがみ込んで魚を海に帰した。
「ねぇ、サイファー。」
「ん?」
「前もこうやって釣りに来たこと、あったよね。」
「……あったっけな。」
「……あったよ。」
しゃがみこんだままで、こちらを向こうとはしない。わたしはわたしで、立ったまま沈みつつある眩しい太陽に目を細めた。
泡沫の夢、泡沫の恋
中編 ―過去― へつづく