『バッダムフィッシュ釣れるかなぁ?』
『バッダムフィッシュ釣っても嬉しくねぇだろ。』
二人で一緒に来た(勝手についてきた)バラムの防波堤。
わたしも釣竿を借りて、彼の隣でルアーを海に投げ込む。
『バラムフィッシュ釣れるかなぁ?』
『…どっちが釣りたいんだよ。』
『…両方?』
『欲張りな奴め。』
『好奇心旺盛なだけでーす。』
『……。』
『あーあ、おっきいバラムフィッシュ食べてみたいなぁ。』
『レストランに行ってこい。』
『奢ってくれるの?』
『…何で俺が。自分で払いやがれ。』
『むぅ〜…ケチ。家出中のわたしは節約の日々なんですー。』
『じゃあ諦めるんだな。』
なかなか釣れねぇからバラムフィッシュは高いんだよ、と付け加えられた。
『あー!絡まったー!』
『ったく…何やってんだよ。』
『何これ。あれ?あれ?』
『だぁぁ!余計複雑にしてんじゃねぇ!』
不器用ぶりを発揮するわたしから釣竿ごとひったくると、彼は絡まったそれを解き始めた。
『…不器用じゃないもん。』
『まだ何も言ってねぇだろ。』
そんなことをしている内に、結局その日は小さなバッダムフィッシュ2匹という収獲に終わってしまった。
***
――その数日後のことだった。
小さなアパートで寝泊まりをしていたわたしは、豪快なノックの音で目が覚めた。
朝早くから一体何の騒ぎかと、眠い目をこすりながら扉を開ける。と同時に視界いっぱいに広がったのは青。それはバケツの色だった。
目をぱちくりさせていると、頭上から『何ボケッとしてんだ。』という声が降ってくる。そこでようやくわたしが顔を上に向けると、老け顔がわたしを見下ろしていた。
『…サイファー?』
『寒ぃんだ、さっさと通しやがれ。』
機能していない頭を必死に働かせながら、家主を押し退け勝手に部屋に入り込んでくる野蛮人を眼で追う。
『あー…。寒ぃ。』
『…いきなり来るなんてサイファーえっちぃ。』
『クマ柄パジャマのガキには興味ねぇから安心しな。』
『…意地悪。』
『期待しちまったか?』
『…してないよーだ!』
ニヤニヤとこっちを見る彼に、わたしもムキになっていーっと歯を見せた。
『で、何しに来たのよ。』
『来ちゃわりぃか。』
『まだ朝だぞ?』
『それはお前の頭だけだ。もう昼前だっつの。』
呆れたように言いながら、キッチンに立った彼は何故か料理の準備を着々と進めている。
『ね、さっきから何やってるの?』
『…バケツん中見てみろ。』
言われた通りにバケツへ視線を向けると、そこにあったものにわたしは思わず声をあげた。
『…!!バラムフィッシュ!?』
店で出るようなそれよりは小さいものの、なかなかの大物だ。
『サイファーが釣ったの!?』
『俺様以外に誰がいる?』
得意げに片方の口角をあげる彼。
きっと凄く時間もかかったんだろうなぁ、なんて思うと堪らなくなって、わたしは後ろから彼の背中に思い切り抱き付いた。
『何だかんだ言って、わたしのこと考えてくれてたんじゃない!嬉しいぞ〜!』
『…だあ!首が絞まるっ!耳元でうっせぇ!偶然だ、偶然!』
海風に当たって冷めた身体。それを実感して「ありがとう」と呟く。
身長差のせいで、彼の首にぶら下がるような状態になっているわたしは、微かに見えた紅い横顔に微笑んだ。
泡沫の夢、泡沫の恋
後編 ―未来へ― へつづく