選択肢
〈ハル視点〉
○ちゃんは、最近すごく笑うようになった。
もともとニコニコしてる子だなとは思ってたけど。
男子だけのチームで1人だけの女の子だからか、少し距離を取っているような印象だった。
いつもパタパタと何かしら動いていて「ハルくん今のよかったよ。」とふわっと笑って伝えてくれる。
よかったとことか、○ちゃんは気付くたびに声に出して伝えてくれる。
そのトーンが包み込むように優しくて、心にすっと入ってくる。
でも屋上練習に移るときに、なんだかそわそわしてて夜遅いのに女の子を付き合わせるのもよくないかな?と思って声を掛けたんだけど
『遅くなるのはいいんだけど、私も行っていいのかな?』と困ったように笑って
一瞬どういう意味かわからなくて言葉が出てこなかった。
「○、いくで!」とイチローくんが叫んで慌てて僕と○ちゃんも動き出す。
彼女をみると、もういつもみたいにニコニコとした笑みで『頑張ろうね。』と告げられればそれ以上何も言えなかった。
ユニホームを手にしたあの日
なんとなくだけど、○ちゃんが抱えてたものがほんの少し見えた気がして。
ポロポロと涙をこぼしながら笑う姿に胸がギュッとした。
さすがにいきなりTシャツを脱ぎだした時はびっくりして咄嗟に目をそらした。
イチローも弦も溝口もガン見してたけど……。
それから、彼女から感じていた距離がなくなった。
そんな中事件が起きた
「あ!!!終電のがしたっ!」
イチローが大きな声で喚いた。あんな感じだけど、イチローは終電までにはいつも切り上げて帰っている。
聞くところによれば○ちゃんを家まで送っているとか。
最寄り駅が一緒で○ちゃんの家は駅から徒歩20分位あるらしい。その時点で皆何でそんなところに?と疑問を抱いたのだが
「田舎もんやから、徒歩20分でも近い思ったんやて。」とイチローくんが呆れたように言って、彼女は恥ずかしそうに下を向いてた。
だからいつもイチローは○ちゃんを送って帰っているらしい。帰りは走ったらすぐやし。なんて濁しながら言っていたが、イチローはすごいと思う。
でもたしかに、○ちゃんは小柄で可愛らしい感じだから。一人で帰らせるのは俺でも心配になる。
つまり、○ちゃんが終電を逃したということは
俺かカズの家に泊まるってことだ。
協議が開かれた。
カズのひとり暮らしの男の部屋、より実家の私室のほうがマシじゃないか?とか何やかんや話が飛び交う
『あの、私は泊めてもらえるだけありがたいから、どこでもいいよ?』
「そんなわけにはいかないから。」
「○ちゃん女の子なんだから。」
『でもいつも………。』
「「いつも……?」」
『あ、えっと、何でもない。とにかく私の事はいないものだと思っていただいて。』
いつもってなんだ。みんなの心が1つになった瞬間だった。
よく考えれば思い当たる節なんて山ほどあったのだ。
いろいろあったのに、俺達はまだこの時は気づいてなかった。
結果
俺、○ちゃん、トン、翔
カズ、イチロー、弦、溝口
で分かれて泊まることになった。
弦はなんで俺こっちやねん。とわざとらしく落ち込んでいるのに対して
イチローは不自然なほど静かだった。
『終電アラーム気づかなくて。』
「仕方ないよ!気にしないで。」
『お世話になります。』
「ま、気兼ねなく寛いでくれ。」
「お前が言うなよ溝口。」
『でも、ちょっと皆でお泊り嬉しいかも。』
ふふっと嬉しそうに笑って俺の部屋をキョロキョロとみる○ちゃんがちょっと可愛い。
たしかに、○ちゃんだってBREAKERSの一員なんだからたまにはこうやって一緒にいるのもいいかもしれない。
『絶対だめ、私絶対床で寝る。絶対。』
「でも……。」
今絶賛ベッドを俺か○ちゃんかで言い争いが起きている。
ビックリするくらい○ちゃんが断固として譲らない。
しかもなんかちょっと怒ってるし。
『だめ、床で寝るから。』
「あー……。わかった。」
『うん、ハルくんはしっかりベッドで寝てね!』
そういうとコロンと床に転がった。
翔の隣で寝転がった○ちゃんはもう目を閉じている。
気になったものの、疲れからか目を閉じるとすっと俺も寝てしまった。
◇◇◇◇◇◇
『でもいつも………。』
イチローくんの家に泊まってるし。
あの後に続く言葉を飲み込んだのは正解だったと思う。
男女が、しかも二人で泊まるなんてやっぱり普通じゃないのだ。
いや、イチローくんは軽そうだしもしかしたら彼にとっては普通だったかもしれないけど
少なくとも、世間一般的には普通ではないらしかった。
『やっぱり普通じゃないじゃん!』とイチローくんへ沸々とイライラ?モヤモヤ?何だか自分でもわからない感情が湧き上がってきた。
でも多分、なんとなくわかっていたのだ。
なのに、わたしは甘えていたのだ。
最初はびっくりしたし、そういうものなのかも。と自分に言い聞かせた。
でもいつからか、あの場所が心地よくなった
なんで、いつから?
これ以上は辞めておいたほうがいい。
脳みその真ん中でアラームがなって思考が強制終了した。
いつものように終電から降りて改札を抜ける。
暑苦しかった空気も落ち着いてきて、少しだけ心地よく感じられるようになって来た。
「あー……、今日泊まるか?」
はじめてイチローくんが私に決定権を委ねてきた。
いつも通り「俺んち行くぞ。」って改札出たときに言って欲しかった。
イチローくんの顔が見れなくて、立ち止まってゴソゴソと定期をカバンにいれる。
コンビニから漏れ出す冷気はあの心地よく感じた時とは違って今では少し肌寒く感じる。
口を開くけど、声が出てこない。
『遅いから、泊めてほしい。』
「わかった。」
絞り出した声は思ったより平然を装えていた。
もう二度と戻れない分かれ道を選んでしまった気がした。
正しい選択かまったくわからない。
もう夜も遅いしとか、送ってもらうの悪いし、とか
言い訳ばっかり浮かんでくる。
解決しようと思えば解決出来そうな問題ばかり並べて言い訳を自分にしているだけだ。
そうでもしないと、何かが崩れそうな気がした。
私も彼もそれに気づかないふりをすることを選んだ。
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