彼の悔し涙をみて、胸が締め付けられた。

弦くんの言葉と、イチローくんの言葉と
ずしりと胸に落ちてきて、何も出来ない自分が酷く小さく感じた。

今思えば、たしかに泊まったときにお風呂あがりに肩のストレッチを長めにしてた気がする。お風呂も長かったし、もしかしたら冷やしていたのかもしれない。
寝る時は仰向けか右肩を絶対に上にして寝てた。
全然気づかなかった。鈍感すぎる。
帰りの電車で二人になった時に、病院に行ったのか聞いたら
「○がバイトの時いった。」とぽそっと返事が返ってきて、それ以上私は何も言えなかった。

何も言えない自分が嫌だった。
不甲斐なくて情けない。


無言のまま改札を出た。今日はもう、自分の家に帰ろう。
いつまでも甘えてたら駄目だ。

『今日は』

「○。」

私の言葉に被せるようにイチローくんが私の名前を読んだ。

『うん。』

「○、今日泊まっていってほしい。」

『……うん。』

俯いたまま、イチローくんがそう言った。
彼が私に甘えてくれたんなら、嬉しい。と思ってしまった。
弱ってる彼を見てそんなことを思うなんて、私はなんて愚かなのだろうか。

ベッドの中でいつもの様に彼に背を向けて横になる。
するりと腕が伸びてきてお腹に回る。

「今だけやから、許してや。」

そう言って耳にイチローくんの髪が当たって少しこそばゆい。首元に彼の吐息がかかる。
ギュッと後ろから抱きしめられる。
回された腕に手を重ねてイチローくんを受け入れる。

やっぱり私は何も言えなかった。

暫くそのままで、どのくらい時間が立ったのかもわからなかった、
そのうちすぅすぅと寝息が聞こえてきて、ゆっくりと私も目を閉じた。



「おはよう。」

『おはよう、イチローくん。』

目が覚めると、彼がニカッと笑って
少しだけホッとしてしまった。
やっぱり笑ってる彼が好きだ。

あれ………好きって、いま。私。

当たり前のように、私の脳みそは彼を好きだと告げた。

固まった私を見て、イチローくんが不思議そうに私を覗き込む。
胸がドキッとする。

ちがうっ!だめだ!
ちがうちがう!!

認めきれない。認める覚悟がない。



自分の気持ちに知らないふりを決め込んでるうちに、
学祭当日が来てしまった。
今日の集合は朝早い。
でも、女の子の準備は時間がかかる。
いつもどうせ汗かくし、そんなに変わらないし。なんて思ってかなり薄いメイクだけど
今日は学祭当日なのだ
買ってから一度だけしか手を出してないようなメイク用品を朝っぱらから引っ張り出してテーブルに並べる。

昨日の帰り、まだ遅くない時間だったのに「明日遅刻できひんし、○泊まっていかへん?起こしてや。」なんて子供っぽく言うイチローくんにぐらぐらした。
私だって泊まりたいし、起こしてあげたい。
でも今日は無理。『ごめんね。ちょっと……。』と私が言うと、まさか断られると思ってなかったイチローくんが、めちゃくちゃショックを受けた顔で「ま、まぁ○もいろいろあるもんな。」と見るからに落ち込んで帰っていった。

昨日泊まれなかった分も私は戦わなくてはいけないのだ。
テーブルを埋め尽くすメイク用品を1つずつ手にとって、私の戦いは始まった。



『お、おはよう!!』

「あ。○ギリギリだね。」

「うお、可愛いやん○。雰囲気変わるね。」

『ありがとう!』

屋上へつくとすかさず弦くんに褒められて嬉しくなる。
スマホの時計を確認すると、集合時間の五分前だった。

『あれ?イチローくんは?』

「それがまだなんだよ。遅刻だろ。」

「奢り確定だな。」

えっ!?電車に乗るとき、一応LINEを送って返事がなかったけど既読になったから、起きてはいるんだ。と思ったのに。
起こしに行ってあげたら良かった。

予想以上に時間がかかって全く余裕がなかったのだ。
メイクだけで小一時間かかったし、髪は何ヶ月ぶりに出したかわからないコテを久しぶりに使った。
本当は編み込みみたいなのをしたかったけど、不器用な私には難しくて、結局巻いただけで力尽きたのだった。女子力の欠如が著しい。

結局イチローくんは10分遅れてきて
「10分だけやん6分の1時間だやん600秒やん!」とジタバタしていたけどトンくんに取り押さえられていた。
起こしてあげたら良かったと、申し訳ない気持ちでイチローくんを見つめていたらパチっと目があった。

「な………なんや○かわいいやん。」

『あ、ありがとう。』

ポソッとイチローくんが呟くようにいうから、グワッと顔が熱くなったのがわかった。頑張って戦ったかいがあった。よかった。

本番に向けて皆それぞれ違う色で髪の毛を染める事にした。1日だけのスプレーだ。
動いても、綺麗なように結構細かく中までふっていく。
翔くんとハルくんの髪に地味に時間がかかる。
明るい色だからムラがあると目立つので丁寧にしないといけない。
イチローくんはそうそうに終わってはしゃいでいる。

「○!○もやったらええやん!」

『え?』

「俺短いからまだスプレー余ってんねん。○の髪やったるわ。」

『でも、私の髪するには足りなくない?』

「ほんなら、俺がいい感じにしたるわ。」

失敗できない分こわいけど「お揃いや!」なんて笑って言われたら断れない。
イチローくんの膝の間に座る。

「髪触るで。」

『うん、お願いします。』

耳にかけていた私の髪をおろしたり、また掛けたりして、うんうんと何かを考える様に唸っている。

「○ヘアゴム持ってるか?」

『あるよ?』

ゴソゴソとポーチを漁って黒い普通のゴムをだす。それを受け取ると「まかせときー。」と言いながらイチローくんが私の髪をいじりだす。
イチローくんの指が髪を梳くように滑って、時折指が耳を掠めてドキドキがとまらない。
ぐっとを髪を結ばれて、くいっくいっと頭頂部の髪を引っ張りだされる。
カシャカシャとスプレーを手に「いくで?息止めとき。」ニッと彼が笑った。


『か、かわいい……。』

「せやろー?まぁ俺にかかればこんなもんや。」

凄すぎて、声が出ない。
ハーフアップで高い位置でくるんとお団子がつくられて、
下の髪の毛先をスプレーでオレンジ色に染めてくれた。
ポイントカラーみたいで黒髪にアクセントになってて可愛い。
おくれ毛?なんか絶妙に残された髪とかトップのボリュームとか、器用すぎる。

「妹おるから、慣れてんねん。」

『妹いるんだ……。』

「せやからちょちょいのちょいや!」

『ほんとにありがとう!かわいい。』

「色、お揃いやな。」

『うん……。嬉しい。』

髪もだし、お揃いの色もだし
なんかもう嬉しすぎる。ドキドキし過ぎてどうにかなりそう。

無事みんなのカラーが完了して、皆で本番へ向けての最終調整がはじまった。













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