怠惰に染まる瞬間





「正しいやり方くらい、俺が教えてあげるから。」

翔くんがチームに入ってくれました。
さすがに、その日は講義をサボって体育館へと足を運んだ。
皆がロンダートとバク転を決めるのを見て、胸が熱くなった。



翔くんが入ってくれたのはいいが、試験期間へと突入した。試験はさすがに落とせない。大学の自習室で音楽を聴きながら試験勉強に励む。ここはクーラーもついてるし、快適だ。

「○。」

『っ!?……イチローくん。びっくりした』

「すまんすまん。」

いきなり左肩をたたかれてビクッとしてしまった。まったく悪びれる様子のないイチローくんが私の空いていた左の椅子に腰掛ける。左側のイヤホンを外して、音楽を止めようとスマホに手を伸ばす。安いので、イヤホンはもっぱら有線だ。ワイヤレス欲しいな……。


「何聴いてるん?」

『あー、勉強用BGM?』

「なんやそれ。」

勉強中に歌詞のある音楽は聞かないようにしてるので、適当に集中できる音楽とかで探して流していた。

『え……。』

左手で持っていた私のイヤホンをすっと取って、イチローくんは自分の左耳につける。
いや、顔近いんだけど。
照れやらなんやらの前に
これ、この人わざとやってる?
こうやって女の子と距離をいつも縮めているのか。と思ってしまってちょっと呆れる。

『近い……。』

「ん?なんや、ちょっとは照れてぇな。……てか、こんなん聴いて眠くならへんの?すごいわ。」

すっと返されたイヤホンを受け取って、右耳のイヤホンも外してカバンになおす。
おちゃらけた態度のイチローくんをみてちょっとムッとする。いつもこういう事ばっかりいろんな女の子にしてるのかな?

『イチローくんじゃ照れないよ。いつも距離近いじゃん。』

「うわ、厳しいな。」

『イケメンだったら照れるかも。』

「え、○イケメン苦手なんやなかった?」

『……苦手だけど、イケメンだったらしょうがないよね。』

「おい、なんやねんそれ。」

結局イケメンの勝ちやんけ。と拗ねたようにイチローくんが呟く。
まったく勉強が捗らない、邪魔しないで欲しい。と思うのに、話しかけてきてくれたことが嬉しいと思う自分もいて。そんな自分に少し戸惑いを覚えた。




翔くんが入った事によって練習は飛躍的にレベルアップして、試験は明日で終わる。そうしたら今後はもう練習に打ち込むだけだ。

暑い日差しの中練習を開始する。
翔くんが入ったことで、練習メニューの幅も広がったし、本格的にスタンツの練習もできるようになった。
おかげで、私もやる事が増えてきて
トレーニング中にカウントを数えたり、確認用にムービーを撮ったり。翔くんのコーチングをまとめてノートに書き出したり、少しだけど皆の役に立てるようになってきたのが嬉しい。
やっと、少しだけどチームの一員になれたかな?と思えるようになった。

1日練習しているので、基本夕方まで練習してそこから皆でご飯を食べに行ったり、バイトに行ったりだ。
暗くなる前になるべく私は帰るようにしている。じゃないと、イチローくんが送るはめになるし……。
私がバイトの日は帰ったら連絡するように、なんならバイト終わったら帰り道電話しろ。なんてもはやイチローくんは過保護なおかん。と化している。
でもバイトの日はラストまでシフトを入れるので帰り少し怖かったから正直ありがたい。
帰り道イチローくんと電話していると、たまに電話口から弦くんとか溝口くんの楽しそうな声が聞こえるときがあって、まだ皆で一緒にいるんだ。と羨ましくなる。


そしてとうとうDREAMSとの合同練習の日が来てしまった。

翔くんが不参加な今、出来るだけ何でもいいから吸収しないといけない。
女子特有の雰囲気が体中にビシビシとささる。だから嫌だったんだ。
「マネージャー?ふぅーん。」わかってる、自分でもわかってる。まだ素人みたいな男の集団にマネージャーがいる方がおかしいのだ。チアのマネージャーをしたいなら、DREAMSのマネージャーになればよかったのに、わざわざ男子チア部のマネージャーかぁ。と目が訴えている。
私だってそっちの立場なら同じこと思ってます。
やるならハンパな気持ちでやるなって思いますよね。わかります。わかってます。

やると決めたんだ。やるしかない。

皆がOGさんのコーチを受けている間に、ビデオとボイスレコーダーでばっちり指導内容をこぼさないよう記録する。
初心者の練習方法や、基礎練習について疎知りたくて、みんなの指導は定点ビデオにして、頼みこんで補欠選手の練習を見せてもらうことにした。
トランポリンで練習する選手を見て、なるほど、と必死に観察する。
勇気振り絞って、質問するために話しかけなければ。と思うのに足が動かない。いかなきゃ。
そう思っていると、OGさんと皆が入ってきた。やっぱり基礎練習が必要なようだ。



今までで一番緊張したかも……。尋常じゃない疲労感に襲われる。
「つーかーれーたー!」とコンクリートの上で寝転ぶイチローくんをみて、私も寝転びたい衝動にかられる。

お酒を飲みながら円になって今日の反省がはじまる。
みんなの話を聞きながら、たまのボケツッコミに笑いながらお酒を飲み続ける。
ぬるくなった黄金の液体が喉を通るたびに脳みそに固まっていた疲労感が溶かされるような気がした。

「悔しいなぁ、こんなん。」

「イチロー、お前、悔しいんか?」

「悔しいやろ!なんやお前ら、すっかり萎縮しやがって。点数ついて負けって言われたわけやないんやから堂々としとけや!」

イチローくんが叫んだその言葉が頭に響いた。

私はあくまでサポートしている側だから、このチームの指針に口を出すべきじゃないと思っている。
みんながどういうふうになりたいか、ふわっとしたまま始まったこのチームだけど
こうして彼が悔しいと叫んだことが嬉しかった。

みんな、もっと上を見ているんだ。
そんな彼らを私は支えるんだ。

その事実を知れただけで、私は嬉しかった。見上げると星が輝いてるのが見えた。

チーム名を決める声がするすると耳からアルコールに侵された脳みそに届いてくる。

「おれさぁ、ほんとは壊したいんだよね、いろいろ。」

壊したい。私は何を壊したいんだろう。
カズくんが紡ぐ言葉に、胸をぐっと掴まれたように苦しくなる。

「BREAKERSで決定!!」

カズくんが太陽みたいな眩しさで笑った。
彼から目が離せない。カズくんはいつもその笑顔で皆を照らしてくれる。
そういう人に、私もなりたかった。




「なんかめっちゃビールの匂いがする。」

『シャワー浴びたのに?』

「鼻の奥に入ってる気がすんねん。」

テンションの上がった男子たちはビールかけをして盛り上がっていた。
その後冷静になって順番にハルくん家のシャワーを借りるという事件に発展した。
私はギリギリで避難して端っこでぼーっとその光景を眺めていたので大丈夫だった。

カズくん家に泊まるという選択肢を断って私達は終電ギリギリの電車に駆け込んだ。さすがに人数が人数だし、私達は電車で数駅なのでそんなに時間もかからない。
酔った頭で駆け込んだから、私もイチローくんもちょっと頭がぐわぐわしている。
まだビールの匂いがする。と自分の腕をくんくんと赤い顔で匂っているイチローくんはちょっと可愛く見える。
そんな話をしていると、すぐ降車駅についた。改札を出ると、ムワッとした暑さに包まれた。
もう夜も遅い、多分今日は

「○。今日俺んち泊まろ。」

もう1回経験してしまったら、戻れない。
しっかりと怠惰に染まった私には
この熱帯夜の中、彼の提案を断るという選択肢はなかった。











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