ボヤケた視界とボヤケた思考
『……普通、なんだよね?うん。』
ザァーとシャワーのお湯が排水口に流れていくと共に私の言葉もするりと流れていった。
イチローくんの家は本当に駅から近くて、一瞬でついてしまった。
入った瞬間ひやっと涼しくて「タイマーで、クーラーつけててん。」とニカッとイチローくんが笑った。天国かと思った。
ガサツな印象とは違って、きちんと整頓された部屋でびっくりした。
バスルームもめっちゃ綺麗だし……。
「俺倒立しとくから、その間シャワー先入っとき。」と言われてお言葉に甘えて先にシャワーを浴びる。
髪が短いからか、男の子だからかシャンプーしかなくてコンディショナーがない。髪の毛がバシバシになるかも。なんて思ったけど別にそこまでこだわりが無いからいいか。なんてボーッとしながら頭を洗う。
貸してもらったTシャツに袖を通す。
これが所謂彼シャツ(TシャツVer.)かぁ、なんて思う。
イチローくんは、野球やってたからか肩が結構ガシってしてる。私の腕のところにTシャツの肩のところがきて、完全にオフショルダーだ。
短めのTシャツワンピみたいな丈になる。
は、恥ずかしい。
急いでハーフパンツもはくと、こちらもちょっと大きくてダボッとしたもののキュッと腰紐を縛ると一応履けた。
お尻が大きいからずり落ちることもなさそうだ。あ、ちょっとショック。
『イチローくん。ありがとう。』
「お、んじゃ交代な。ここで髪乾かしとき。飲みもん冷蔵庫あるから、勝手に飲んでええで。」
『わかった。』
ひょいっと倒立を終わらせてドライヤーを渡してくれる。
部屋の端っこに腰掛けてドライヤーのスイッチをオンにする。あまりにも彼の態度が普通なので、本当に皆こんな風に友達の家に泊まりに行ったりしてるんだなぁ。と思う。
いままで友達の家に泊まりに行ったことがなかった。高校までは、部活に勉強に。うちの家は結構お堅い方なので、なんとなく泊まりに行く。なんて親に言うのが面倒くさくてやめていた。
大学に入ってからは、一番仲の良い△は隣の県の実家から通っているし、私の家も駅から地味に歩くので、まだ家に来たことはなかった。
ひとり暮らしの男の子の部屋なんてもちろんはじめてだ。
うー、わー。なんてしっかり意識してしまう。でも、普通の事なんだもん。慣れないと。
それに最初よりイチローくんは嫌じゃない。むしろ優しいとことかちょっとだけわかるようになってきた。
少し友達の家に泊まるなんて憧れていたから、こんな形ではじめてを経験するなんて思っていなかった。
でもやっぱり、それだけ仲良くなれたということなら嬉しい。かな。うん。
髪の毛を乾かし終わって、床に落ちた髪の毛をチェックしながらちょっとだけ頬が緩んだ。
「あっつぅー。あー、部屋涼しい。」
ガシガシとタオルで頭を拭きながら上半身裸でイチローくんが部屋へと入ってくる。
早く服を着てくれ。
私に渡してくれたTシャツを引っ張り出した引き出しと同じ引き出しをあけて、1番上のTシャツをさっと被った。
「のどかわいたー。○も飲むやろ?」
『うん!ありがとう。』
髪を乾かすのを優先していた。思い出したかのように喉がカラカラだ。
二人で並んで冷たいお茶を流し込む。
お風呂あがりだからか、イチローくんがいる左側だけじわっと暑いような気がした。
喉を通って、胸の真ん中を冷たいのが通って私の身体を潤おした。
歯磨きをして、コンタクトを取る。
もう寝るだけだから、眼鏡もしてない。視界全てがぼやけて、さらに眠気が増す。
洗面所からでて、部屋への扉を開けるとイチローくんがベッドの上に座って携帯を弄っていた。ポケットのスマホが震えたから、きっとチア男子部のグループLINEに返事をしていたのだろう。
「なんや、○。そんな睨まんといてやー。」
『あ、違うの。コンタクト取ったから。』
目が見えなくて思わず目を細めていたらしい。
「○目悪かったん?へー!んじゃ、これ何本?」
『……。』
おなじみの指を1本立たせるポーズをされる。
『輪郭がボヤケてるだけで、形はわかるからわかるよ、普通に。顔の表情とかはボヤケてわかんないけど。』
「そうなん?俺目めっちゃいいからよくわからへんわ。」
『イチローくん、目よさそうだもんね。』
「それ、多分やけど褒めてへんやろ。」
カラカラと彼が笑ったけど、その表情まで見えなくて、ベッドの前まで近づく。
「ここまで近づいたら見えるん?」
『うん、ここまできたらある程度わかるよ。』
まだ少しぼやけているけど表情はわかる。ある程度!?どんだけ目悪いねん。と大げさにびっくりするイチローくんの表情がみえる。
「ほな、寝よか。」
『うん。』
お布団、どこにだすんだろ。テーブルどかすのかな?なんて思っていると。
「ほら、寝るで。」
『ん。』
ガバッとベッドの壁際にイチローくんが横になる。こちら側に人ひとり人分のスペースが空けられている。
ちょっと待って、まじでいってる?
「どしたん?入らへんの?」
『あ、え、はい…る。』
早よ寝るで、明日も早いんやし。とさも当たり前のような態度で欠伸をしながらタオルケットを捲る。
パチっと部屋が暗くなってイチローくんが目を瞑る。
枕元に置かれたスマホの画面がやけに明るく光って暗い部屋で私達2人をボヤッと浮かび上がらせている。
床で寝るって言ってもいいのかな、でもこれも普通なのかな?あたまがぐるぐるしてわけがわからない。
「○。」
『は、はい。』
考えることを放棄してベッドに手をつくとギシッと音がなった。心臓がドキドキしてる。
イチローくんを背にしてベッドに横になる。なるべく小さくなるように、腕と少し曲げた膝の先がベッドからはみ出る。
「そんなんじゃ落ちるで。」
ぐいっとお腹に腕を回されて片腕で引き寄せられる。
「ん、よし。おやすみ。」
スルッと腕が離れて、背中にイチローくんの体温を感じる。
身体が固まったように動かない。
『おや、すみ。』
これ、本当に普通なの?
ガチガチに固まったまま横になっていると、たまにブブッと頭元に置かれたスマホが震えて余計に眠れない。
「おはよう。」
『………おは、よう。』
眠れなかったはずだったのに、いつの間にか寝ていた。
我ながらびっくりだ。
「んー。今日も1日練習やなぁ。」
もう起きてベッドから出たイチローくんは着替えだしていた。
私はベッドを一人占領している。
『あ、狭くなかった?寝れた?』
「大丈夫やでー、むしろ安眠したわ。○もぐーすか寝とったな。」
『う、ならよかった。』
ボヤッとした視界を一刻も早くクリアにしたくて、私は急いで洗面所に向かった。
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