熱帯夜に続く道





『あ、どうだった?』

講義が終わってから急いでヒマワリ食堂へと急いだ。グループLINEに徳川翔確保。ヒマワリ食堂で説得する。と連絡がきていたので来てみたものの……。
そこにはいつものメンバーだけだった。

「今日はあかんかったわぁ。」

『そっか。』

調度私と入れ違いに帰ったらしい。とりあえずお腹が空いたので、定食を注文する。
溝口くんも追って来た。2週間後にDREAMSとの練習を取り付けてきた。とあまりにも堂々と言うので、え、はやくない?あー。んー。とちょっと不安になる。
ただ、みんなそれぞれ楽しみにしているようなので余計な水は差さないよう黙っておいた。
相変わらず、イチローくんと弦くんは「女子チアかあ」「ミニスカートかあ」と鼻の下を伸ばしている。あの二人はブレないなぁ……。聞かなかったふりをしてご飯を食べた。

その後大学近くの公園までみんなで移動した。
綺麗な芝生の公園で、なかなか広いし練習しやすそうだ。
さっそく荷物をおいて倒立の練習をはじめる。支えるのをさせてもらおうと思ったけど、溝口くんも、トンくんもまだ支えの比重が大きいから大変だろうという事で私は見学扱いだ。
一人手持ち無沙汰で気まずい。気温も高くなってきたから飲み物でも買ってこようかな。と思っていると
「何で逆立ちもできへんのやー、しっかりしろやー。」とイチローくんが言いながら倒立をしてみせる。

胸がぐわっと掴まれた様な感覚がする。何でそんなこといちいち言うのかわからない。

一週間目で翔くんをチームに入れるためにロンダートとバク転をできるようにする。
そして二週間後にDREAMSと合同練習。とカズくんが目標をだした。それに向けて皆で練習するというと皆気合が入る。

みんなが練習している横で、まとめて飲み物を買ってくるね。と承諾を得て近くのスーパーに小走りで向かう。
暑いからみんなかなり飲むだろうこともあって、2リットル×人数分だ。お店の人に箱を頂戴してぐっと持つ。
かなり重いけど、ちょっと休憩をはさみつつ必死に運ぶ。
そこまでひ弱でもないし、高校までは部活もしていたので体力はそれなりにある方だと思っている。
みんなも頑張ってるんだから、ちょっとでも役に立たなければ。

やっと公園について、ふぅ。と芝生に箱を置いた瞬間。視界にクルッと回る影がうった。

「勢いでできるもんやな。」

イチローくんが笑った。
息が止まった。なんなんだあの人は。
純粋にすごい!と思う気持ちと
鬱々としたよくわからない感情が自分の中でぐるぐると混ざり合って嫌な音を立てて膨らむのがわかった。



そこから講義以外の時間はすべて朝から晩まで練習漬けの日々がはじまった。
私は皆より選択した講義が多かったのもあってちょこちょこ抜けてはいたが、なるべく顔を出すようにしていた。
私は何も出来ない。と常にモヤモヤとした気持ちが襲いかかる中それに気づかないふりをした。
倒立やバク転のチェック用の動画を撮ったり、チアリーディングの細かい規定を指導書を読んだりしてまとめたりした。
もちろん、倒立の補助もしたり身体が硬い溝口くんとストレッチを組んだりしていた。

なにか出来る事をみつけたかった。

家でなるべくいっぱいタオルを凍らせて、保冷バックに詰め込んで持っていくと皆がよろこんでくれたので、思いつく限りの暑さ緩和対策を披露したりした。

なかなかに夏の日差しは暑い。

帰る頃、日が落ちきった頃ですらムッとした嫌な暑さに襲われる。
後はもう帰ってシャワーをあびて寝るだけだ。一応着替えも持って来てはいるが男の子みたいに公園でガバッと着替えは出来ない。トイレでコソコソ着替えたり、帰る前に汗拭きシートでなんとかしているけど、それにしても暑い。

「あっついなぁー。」

『うん、あついねぇ。……いつも本当にありがとうね。でも練習で疲れてるだろうし、私大丈夫だよ?』

「いやー、俺が嫌やねん。一人で帰らすの。」

あれからイチローくんはだいたい8時以降とか日が落ち切った時間帯に帰る時は送ってくれる。
入学してから毎日歩いていたので、田舎者としては別に苦じゃなかったのに、イチローくんに遠い!て言われたらそんな気がしてきて、やっぱり遠いよね……と最近ではそう思えてきた。
ただでさえ練習でクタクタなのに、夜といえども気温もそれなりにある。
申し訳無さが尋常ではない。
走って帰るから!と言うもののあかん。の一点張りで
かと言ってバイトとかでもない日に一人だけ日が暮れる前に練習を抜けるのも、ただでさえ何もしてないのにそれはどうなんだろう。とぐちゃぐちゃ考えてしまう。
でも結果こうしてイチローくんに迷惑をかけてるなら早く帰ったほうがいいのかな。そんな事を考えているうちに今日も家に付いてしまった。

『本当にありがとう。』

「ええねんて、好きでやってるんやし。じゃ、おやすみ。」

『うん、おやすみなさい。』


こうやって二人で話してるときはイチローくんはわりと落ち着いている。
観察するに弦くんとは二人でも騒がしいけど
基本イチローくん自身を含めて3人以上になると、スイッチが入るのかおちゃらけモードになる頻度が多くなる気がする。
疲れてるってのもあるんだろうけど、二人で一緒に帰ってる時は普通に話してるし、何なら話しやすいくらいだし。
人が多いと余計盛り上げな!てなるのかな?ちょっと自信たっぷりで苦手な部分もあるけど優しい人だってことがわかった。なんて分析してみた。

イチローくんに迷惑をかけない方法を考えよう。




「溝口あととょっとでバク転できそうやねんな!」

『うん!あとちょっとって感じ!ほら見て!』

「そうだな、俺もあと少しでできそうな気がする。」

私が撮ったムービーを三人で囲んであーだこーだ言う。

「出来るまで付き合うわ!○時間大丈夫か?」

『うん!私も!!』

「イチロー、○。ありがとう!今日必ず成し遂げる。」

そのいきだー!!と気合を入れなおした。




「で、できた……。」

「やったやん溝口!!!」

『す、凄いすごい!』

「てか眼鏡落ちたで!」

「二人ともありがとう!」

『バッチリとったよ!!』

「よし!お祝いに飲もうや!」


あんまりにも嬉しすぎて私とイチローくん二人ともほろ酔いで改札を出た。
もう家に帰る頃には11時を過ぎるかも
シャワーあびて、もう寝るだけだ。明日もまた朝8時には集合だ。
酔もあって余計に暑い。一刻も早く涼しい部屋に入りたい。日中太陽に照りつけられた身体は自分が思っていたより疲れていた。
改札を出たすぐのコンビニ前でイチローくんが立ち止まる。

「なー、○。」

『イチローくん?』

「今日もう俺の部屋泊まろうや。」

『え……。』

くわっと欠伸をしながら。いつものフザケた感じやからかう感じでもなく、
まるでそれが当たり前かのように彼は告げた。

「○も疲れとるやろ?帰ってもシャワー浴びて寝るだけやん。明日も朝早いし。暑いし。」

たしかにそうなのだ、シャワー浴びて寝るだけ。彼の家はここから5分程度らしい。

「何かいるのあるならコンビニでちゃっと買ったらええし。服くらい貸すで。別泊まるくらい普通やろ。あ……○友達おらへんかったもんな。すまん。」

『なっ!う。』

普通やろ。きっと世の大学生にとっては普通のことなのだろうか

確かに今日はいつもより遅くなったし、彼も疲れている。
酔ってるしなおさら一人でなんか帰してくれないだろう。

なにより、暑いし眠い。そう、もうちょっとでも早く快適な空間に行きたい。

しかも、いつも汗だくになるので一応変えのブラトップとパンツをちっちゃくまとめてリュックに入れているから下着の変えまであるのだ。

普通やろ。といつも通りな顔で言われたら、そっかぁ、普通なのか。となんだか思えてくる。

コンビニのドアから冷気が流れてくる。
ここを離れてしまったら、もう後は熱帯夜へと続く道だ。


『じゃあ、お願いします。』


ゆっくりといつもとは違う方向に足を動かした。











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