>> 消失への恐怖と温もり






昨日は、任務だった。雪が降る中の、寒い寒い殲滅戦。流れた血なぞは湯気を上げ、積もった雪に吸い込まれる。忍が通った後には赤い道が広がり、一帯を生命の匂いが覆っていた。






その中でオレの愛する子供が怪我をした。子供を斬った相手はオレが一秒にも満たぬ間に殺した。それでも子供の流血が止まる訳もなく、バランスを崩し落下してゆく子供から、尾を引くように血が吹き出ていた。その時のえも言われぬ感情。恐怖と言ってしまえば、それまでかもしれない。それでも今まで感じたことのないような喪失感をオレの中に見出したのは、この子供を失くせばまたあの頃の様な無機質な己に戻ってしまうという確信があったからだ。この子供が生まれる前のオレに。






それから子供は一度たりとも目を覚ますことなく里へと戻って来た。呼吸は僅かだが、している。寒さに凍える小さな体は時折ぴくりと震えた。出迎えていただいた綱手様に子供を渡すと、オレは祈るように静かに頭を下げた。








子供は、目を覚ました。任務から3日後のことだった。致命傷ともいえる傷を負いながら生きていたのは偏に九尾のおかげであり、それがなければ即死でもおかしくはなかったとのこと。縫合の傷痕が痛ましく、オレは白いシーツに横たわる子供を見ていられなかった。きっと跡が残ってしまうのだろう。磁器のようなあの美しい肌に。そう思えば子供を庇えなかったオレが酷く憎らしかった。






「…カカシ、…その、悪かったな」
「…何が」
「…オレが怪我して、後処理までさせた。木ノ葉の暗部がこの様じゃあな。迷惑かけて、悪かった」
「…メイワク、ね」






それからは沈黙で、外で響く小さな子供の元気な声を聴きながらオレはじっと掌を見つめていた。救う手立てはなかったのか。この掌は愛しい子供でさえも救えぬのか。そのような腕ならばいらぬ、いらぬ!、とオレの内面は叫ぶが、包容の腕なくしてはこの子供を抱くことは出来ない。葛藤はオレを静かに蝕み、苛む。いつもの様に笑ってやろうと思ったが、思うように笑えなかった。こういう時に、表情が隠れていてよかったと思う。






「…それじゃ、オレは行くからね」
「……待って」
「…どしたの」






踵を返したところで、忍服をゆるりと掴まれたことによりオレは停止する。くい、と子供はより強く引くとオレを暫く見た後、赤面してぱっと服を離した。珍しいこともあるもんだ。滅多に表情の変わらない子供がころころと表情を変えている。待って、と口にしたきり黙ってしまった子供に困惑したのはオレで、どうしていいのか分からない。この場から離れることも出来ず、ただなす術もなく立っているだけだった。






「…オレが眠るまででいいんだ」
「…うん」
「…だから、ちょっとでいいから、傍に、いてくれ」






確かに温もりを帯びている小さく細い指に、自らの指を絡める。震える指先は緊張しているようで、じっとこちらを見詰めている。そんな我が儘ならいくらでもきいてあげるというのに。子供は普段頼ることを嫌がるが、きっと怪我が人恋しくさせているのだろう。傍らに温もりを求めるのは子供としては至極当然のことである。






ああ、オレの愛しい子供。今だけはどうか安らかに眠れ。傍らの時計の短い針が半分も回ればもう、お前は子供ではいられない。この里に尽くす忍としてその生命を捧げねばならない。ああ、オレの愛しい子供。どうか、どうか、オレの前から、…消えないで。



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