>> ふたつの果実 後






“ナルト”がこちらに来てから、随分と経った。オレは結局暗部任務に徹し、“ナルト”は第七班に馴染み、カカシは相変わらず夜昼も無いような生活を過ごしている。オレが暗部任務をこなすことでカカシの負担が減ればいいと思うのだけれど、山積していた問題がそう易く無くなる訳ではない。やはりカカシは忙しいままだったし、オレも忙しい。オレが帰れることは稀で、帰ればオレの家にいつも“ナルト”がいるという奇妙な状態だった。




「…オイ、寝てろよ。明日も任務あんだろ」
「あ、お帰り、風花(かざはな)。明日は休みだってば?」
「いや、明日も任務だ。あー…あと四時間くれーで行かねぇと」
「じゃあベッド使って早く寝ろよ!オレ床で寝るからさ!」
「そういう訳にはいかねぇんだよ。オレは立ってでも寝れ…」
「ダメだってば!じゃあだきょーして、二人でベッドで寝るってばよ」




妙案を思い付いた、という顔でニコリと笑った。うちのベッドはシングルだ。子供とはいえ二人で寝るのには狭いというのに、そんなことは気にもせんとばかりにベッドのスプリングを軋ませている。楽しそうに笑っている。情に絆されたのかもしれない。こんなことを言ったら、多分カカシは怒るのだろう。けれども今、アイツはここにはいない。




「…じゃあもうちょっと寄れよ。狭いんだから」
「おうっ!ったくオマエってば素直じゃねーんだからよ」
「黙って寝ろ、お子様が」
「何おぅっ!?」




オレは背を向けて眠る。そういえば今日は“ナルト”が誰かと話しているのを見た。コイツはオレには気付いていなかっただろう。コイツはオレの知らない誰かと話していて、時折楽しそうに笑っていた。オレとは違う。オレには同期くらいしか話をする人間はいないのに、“ナルト”には他にもいる。オレの知らない内に、“オレ”として築かれた関係。別に、オレなんて必要がないのではないかと思ってしまう。“ナルト”が現れてからは、よく考えることだった。“オレ”としての自我は要らない、人形のようにあればいいのではないかと。




その晩遅くに、訪問者があった。窓が小さく鳴ると同時にオレは枕元に忍ばせたクナイを向けたけれど、入ってきたのは暗部装束のカカシだった。“ナルト”は目を覚まさなかった。規則正しい寝息が響いている。カカシもそれを目で見ると、声量を抑えて言った。




「…帰れる様子は?」
「無いな。たまに文献とか四代目の術の資料とかも見てはいるが、平行線を越えることまでは想定していない」
「オマエにしか出来ないんだ。何ならオマエはそっちに専念しても…」
「いい!…オレは暗部の忍だ。自身の任務には責任がある」
「…そう。なら、無理するなよ」




オマエは暗部の忍でもあるけれど、オレの恋人でもあるんだからな。そう言って口布をしたまま笑った。カカシが笑うのを久し振りに見た気がする。そのままサラリとオレの髪を撫でて、ヤツは音も無く去った。甘い空気を首を振ることで霧散させるとオレはベッドに入る。するりと無意識に手を伸ばした先の“ナルト”の瞳に涙が浮かんでいたのを、オレは知らない。




帰りたい。早朝オレが起きると、“ナルト”はポツリと言った。こちらに来てから初めて出た弱気な科白だった。どうして今になってそんなことを言うのかと思ったが、オレはナルトを抱き締めた。この晩で、たった一晩を過ごしただけで、共鳴している。涙腺なんてもう凍ったと思っていたのに、ゆっくりと融解を始めている。二人して、泣いた。オレが任務に出るまで年相応の子供の様にオレは涙を流し、ナルトは声を上げて泣いた。




じゃあ行ってくる、と言ってオレは家を出た。ナルトは赤い目元を擦って、おう、とだけ言った。今日の任務は一日で終わるものだったから、さっさと終えて帰るつもりだった。別段難しい任務でもなかったから直ぐに終わった。けれども、家に帰ってもナルトの姿はない。どこにもない。里中を探して回ったけれども金色の目立つ子供はどこにもいなかった。




「え、帰ったかもしれない…?」
「…姿が見えないし、気配もない」
「…どうやって」
「…推測に過ぎないが、術者が帰ると同時に引き寄せられたか、こちらからアクションがあったかどちらかだろ」
「そう。戻れたならいいんじゃないの。それよりオマエ、昼間は出れる状態なの?」
「…予定組み直しだな」




カカシは一度こそ驚いたような声を上げたが、もう頭は任務のことに向けられていた。オレはといえばまだこの部屋のどこかに金色があるのではと女々しくも探している。初めこそ無関心ではあったが、感情を共有した今となっては片割れのようなものだった。オレの半身は、穢れなき半身は思いもせぬ間にこの掌から零れてしまったのだ。まるで砂のようにさらさらと音もなく。




パラレル世界というものは時間軸上に無数に存在する。交わることのない世界は相互に独立し干渉することなくそこにある。例えばそれを覗き見ることが出来たならば、オレの選択は変わっていたのだろうか。今までの生に後悔がなかった訳ではない。けれどもこんな虚しい名残など、味わいたくはなかった。ともすれば流れてしまいそうな涙を、言葉を、唇を咬み締めることでやり過ごす。知らなければよかった。オレはもう、あんな顔で笑うことは出来ないのだから。禁忌の果実は、少しばかり酸味が勝っていた。




 




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