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工藤新一という男がいる。そいつはいつもオレを追いかけ回し、どうにかオレの正体を暴こうとしているのだ。正直、オレはそいつから逃げ回っている。出来る限り接触したくない。けれど別段、嫌いっていう訳じゃない。ただ、苦手なだけで。しかし追及の魔の手から逃れる為に、少々強硬手段に出ようと思う。一応断っておくが、オレはこれ以上罪を重ねる気はない。




「…本当にいいのね?」
「おう、サンキュー。いやぁ、紅子様々だぜ」
「…まさかこの私が黒羽快斗の恋路の手伝いをする日が来ようとはね。まさに青天の霹靂だわ」


紅子はオレに透明なシートを手渡した。前々から頼んでいたこの代物は、紅子の魔法が掛かっているのだ。紅子が嘗てオレに使用したワッペンに似た効用があるのだそうだ。生憎とオレには効かなかったようだが、大抵の人間には効果が期待出来るらしい。


「…とはいえ私も開発には協力者がいるのですけれど」
「へぇ、珍しいな!」
「…貴方も知っているでしょう?光の魔人の側にいる小さな科学者さん」
「え、哀ちゃん?ああ、どういう繋がりなのかよく分かんないけど、気が合いそうだもんなぁ」


確かに彼女達はミステリアスで年齢以上に大人びている所など共通点が多いから、気が合うのだろう。優雅に紅茶を飲んでいる所が容易に想像出来る。


「…本気なのね?」
「おう、もうオレには進む道しか残ってねぇよ」
「…そう、好きにしたらいいわ。この私の魔法が効かない男など貴方以外にこの世界にいはしないわ。私に不可能はないのよ、ほほほほほほ!」


紅子は高らかに笑う。オレは改めてありがとうと礼を言うと、屋上を出た。名探偵はいつもオレの帰路に立っている。暇なのか何なのか必ず立っているのでオレはいつもヒヤヒヤする訳なんだが、今日はヒヤヒヤなんかじゃない。ドキドキだ。ここまで計画は綿密に練ってきた。そう、上手く行かないはずがない。寝る間も惜しんで考えたのだ、この努力はきっと報われる。


「…A man can only die once.…どうせいつかは死ぬんだ。…後悔無いように生きろってことだろ?」




予定通り名探偵は路肩に立っていた。今日も恐らくオレを待っていたのだろう。決して自惚れではない。これは歴とした事実なのだ。ただ想定外だったのは名探偵が立っている位置がいつもと少し違ったことと、通行人のために近くに行くまで名探偵に気付かなかったことだった。だが、さして問題はない。プランは確実に遂行出来る。手順はこうだ。向かいを歩く人にぶつかり携帯電話か何かを名探偵の前に落とす。すると名探偵はしようがないから落とし物を拾う。その際に後ろから気取られぬように透明なシートを貼る。そして爽やかな笑顔で名探偵に礼を述べ、お茶に誘う。我ながら完璧なプランだ。これであの難攻不落の名探偵もオレにメロメロに違いない。


「…メロメロはちょっと古いか。…あれ、ケータイどこやったっけ?」


ここまできて失態だ。携帯電話をあろうことか鞄の奥底に置いている。何ていうオレの阿呆。ガサガサと鞄を漁る。折角のタイミングを何もせずに通過しなければならないとは、馬鹿馬鹿しいにも程があるというものだ。名探偵の前で漸く携帯電話が指先を掠める。安堵に溜め息まで漏れる。これで計画を遂行出来るに違いない。ちょうど向かいから人が来る。完璧だ。タイミングを合わせて、…3、…2、…1……0、


「…ちょっとそこのお兄さん、お茶でもしませんか」


時間が止まったと思った。名探偵がオレに話し掛けている。あれほどアクションのなかった名探偵がオレに話し掛けている。しかもちょうどオレが話し掛けようとしたタイミングで、だ。これが、運命だというのか。こんなに素晴らしいものであるならば喜んで運命とやらを信じよう。オレの感情を端的に表現するとしたら、感激だ。感動の渦がオレの周りを取り囲んでいるのだ。


「…え?オレですか?」
「そう、アンタ」
「あー、どうしよう。オレ手持ちが少ないんですけど」
「奢りますよ」
「あ…じゃあ、是非」


内心飛び上がりそうなほど嬉しい。あー、どうしよう、超嬉しい。名探偵が自らオレに声をかけてきたばかりではなく、お茶にまで誘われるとは。昇天しそうなほど嬉しい。けれどこの計画、予定外のことが一度だけで済むとは限らないのだ。


「ちょっとアンタ!このお兄さんが声かけたのはオレだろ!」
「……え?」
「違うわよ私だわ!」
「お兄さんって言われただろ!?」
「私がボーイッシュな格好してるからよ!」
「いえ、私の間違いではないのですか?」


一気に周囲が騒がしくなる。何故だ?名探偵は確かに警察関係者だけでなく一般人にも絶大な人気を誇っている。しかしこの人集りは些か異常である。困惑だった。間違いなくオレは苦い表情をしていたに違いない。名探偵も同じ様な困惑顔だった。


「……逃げてしまう?」
「え、ああ、…逃げるか」
「オレ、いい喫茶店知ってるから案内するよ」
「へぇ、そりゃあ楽しみ」


オレの提案をいとも容易く飲み込んだ名探偵は嬉しげに笑う。あ、可愛い。ここで男に芽生えるのは下心しかない。名探偵と相思相愛になりたい。あわよくばいやらしい関係になりたい。同じ床で一晩明かしたい。ああ、止まらない。これ以上欲望を描くと鼻血が出る可能性があるので割愛するが、こうも喜ばしい展開が続くと欲深くなってしまうのだ。ここで計画は急遽変更。あのシートを活用させて頂く。名探偵と逃げてからオレがお疲れ様、と自然に肩を叩く。その瞬間に名探偵にシートを貼り付けてやるのだ。これで往年の若き少年の煩悩は解放されるのだ。最早ニヤニヤするのは当然だろう。


「いやぁ、天下の名探偵の工藤新一さんからお声がかかるとはなぁ」
「…え、知ってるのか」


オレはもう、内心叫びたかった。逃げ切ってから名探偵に声をかける。肩に自然に手を置き、逃げる途中に取り出していたシートを貼り付けた。幸い名探偵は気付かない。しかし表情を伺えば、その綺麗な顔は驚きに満ちていた。何故だ?天下に迷宮なしの名探偵を知らぬ者などいない。驚く必要はないだろう。少しばかり前には自らメディアに顔を晒していたではないか。考えている間に立て看板に足をぶつける。畜生、反射的に痛いと言ってしまった。事実痛いのだが。ああ、何たる失態。普段ならば絶対にしないというのに。しかしそれ以上に怪訝なのは名探偵がそのことに非常に驚いていたことだ。今日の名探偵は少しおかしい。


「…まぁ、上手いこと行ったしいいか」
「…え?」
「いや、何でもない。それより、どれくらい歩くんだ」
「もう少し先かなぁ」


何だそれ、と名探偵が笑うのでオレも笑った。名探偵はきっと、オレが少しでも名探偵といる時間を引き伸ばそうとしていることなど知らないだろう。まぁいい。近付く“きっかけ”は手に入れた。関係を進めるのはゆっくりでいいのだ。互いの命運をかけたギャンブルはまだ始まったばかりなのだから。


「…そして賭けに負けるのはアンタだよ、名探偵。アンタはずっとオレに支配され続けるのさ。見えない鎖に繋がれてな」


make a bet with him
彼と賭けをする




 


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