>> 閃き消えゆくもの





四月は別れの季節である。しかしそれと同時に出会いの季節でもある。俺が名探偵と出会ったのも、四月の初めの桜咲く季節であった。あれから、もう何年経ったのだろう。あの屋上での邂逅を俺は忘れはしない。




「…江戸川、何してんだ」
「…花火?」
「…花火ってお前なぁ。外套も着ないで寒いだろう。何たってまだ春も浅いのだからな」
「…阿呆なのだから仕方があるまい。今更のことだ」
「…そうか」


名探偵はもう本来ならば三十路あたりの年齢になっている。俺ももう三十路だ。二人揃って十七の頃から進展はない。名探偵は江戸川コナンとして十三年、俺は怪盗キッドとして十三年。江戸川コナンは二十歳になり、キッドの盗んだビッグジュエルの数は裕に三百を超えた。この十余年が短かったと言えば嘘になる。それなりの苦労はしてきたし、死線を潜り抜けたこととて一度だけではない。それでも俺達は、元の姿に戻れずにいた。決して努力を怠ったというわけではないのだ。元々難しい話だった。世界中の幾千もの宝石の中から、幾つあるかも分からぬ御伽噺のような禍々しい宝石を探さなければならないというのは、幾多の輝く星々からたった一つの星を探すようなものだ。そして名探偵が一般人が裏の殺人組織に挑もうというのもまた無謀な話だ。頭では理解している。しかし諦められないのも事実だった。誰しもただ平穏を夢見ることには何の罪もない。


「…ふと思ったんだ。俺はもう二十歳になっちまった。ふと、このままでもいいんじゃねぇかと一瞬でも思った自分が恐ろしくなった…!」
「…うん」
「…俺は工藤新一で、江戸川コナンなんだ。工藤新一として過ごした時間と江戸川コナンとして過ごした時間の長さがあまり変わらなくなってきた。どちらが本物で、どちらが仮初めなのか、もう俺には分からない」
「…江戸川、そう深く考えんな。お前が今すべきは嘆くことか」


名探偵の弱い瞳が嫌いだった。名探偵がいるからこそ俺は途上で折れることなくここまで歩んできたというのに。揺れる青い目を見るのが心底嫌だった。理不尽な怒りであることはよく分かっている。それでも、江戸川コナンという少年は狡猾で、挑発的な瞳をした強い人間であって欲しかった。そうしていつもその華奢な背に醜いエゴイズムを押し付けている。


「…それでも俺は、お前に出会えてよかったと思っているよ」
「え?」
「…江戸川コナンで、よかったと思っている。工藤新一の見え隠れする二人分の人間で、よかった」
「……」
「…そうでなければ俺は諦めていたかもしれないし、死んでいたかもしれない。元々難儀な職業だからなぁ、怪盗なんざ。いつ終わるとも知れぬ家業は不安だ。その不安を共有出来る人間がいるってのは幸いだったと思うぜ?俺は、な」


その同族意識は何度も俺を困難に立ち向かわせ、諦めることを許さなかった。眩い光が仄暗い場所を彷徨う俺を常に導いてきた。あの屋上の邂逅こそが、これまでの俺を構成している。最早これは推測ではなく、確信だった。


「…んだよ、慰めのつもりか?」
「くくく、そう聞こえたならそうなんじゃねぇの」
「…チッ、意地の悪ぃヤツだ」
「まぁ、怪盗ですから?」
「テメェ、監獄ブチ込むぞ」
「おお、天下の名探偵は怖いねぇ」


強い風が吹く。背の高い江戸川にももう慣れた。白いマントが風に靡いて視界の端を掠める。翻る白にももう慣れた。あの十数年前の出会いは、価値ある出会いであったと少なくとも俺は思う。互いに平穏は未だ遠い。しかし確実な未来への一歩は、隣の少年と共にありたいと、そう思う。


桜咲く季節は出会いの季節である。この季節が俺達の別れの季節とならないことを臆病な俺は願っている。




 


PageTop

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -