>> Red Baron 01





軍人というものは得てして残酷だ。人間を殺す生業。そう割り切らなければ精神は狂ってしまう。人間は人間を殺すのだ。縄張りを守る獣と何ら変わりはない。同族を屠るという行為は最早本能であると言えるだろう。戦争においてその本能が顕著に現れるのが、軍人だ。そう、彼は思っている。




黒羽は愛機を眺めるのが好きであった。長いことこの機体に乗って戦っている、黒羽は空軍のエースであった。士官学校入学以来ペーパーでも実技でも首席を維持し続けた実力は軍に所属しても変わることはなく総撃墜機数は未曾有の80機、男爵の爵位を与えられ、その赤く塗られた機体からレッドバロン(赤い男爵)と呼ばれ敵国には大層恐れられていた。




「…赤が多少落ちてきたな。整備ついでに塗るか」




黒羽は徹底して他人に機体を触らせなかった。整備から修理まで全て自らの手で行い、他を寄せ付けない一匹狼として基地内でも同様に恐れられていた。出来れば上層部としては優秀な人間を喪失したくはないから、前線から一歩引いた位置で指揮を執って欲しいのだけれど、黒羽は前線で飛ぶことを断固として譲らなかった。男爵位の男に軍としても容易に手は出せない。そうして黒羽は敵機の襲来が告げられれば誰より先に中隊を率いて赤い愛機共々蒼穹へとその翼を広げるのだった。




「…精が出るな」
「…ああ、工藤参謀長殿。こんな汚ない場所にまで出向いてくださるとは光栄です」
「…やめてくれ。オレは大佐として来たんじゃないんだ」
「ククク、また逃げてきたんだろう?大体伯爵が整備士仕事なんか覚えやがって、全く」
「オマエも男爵だろう。言われたくない。あ、このピストン構ってもいいか」
「ん?ああ、好きにしろ」




黒羽が機体の赤を塗り出してすぐに、背にした入口から声がかかる。黒羽はちらりと振り向いて形式的な挨拶を投げると入ってきた黒髪の男は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。男の名は、工藤新一。黒羽の所属する基地の若き参謀長である。階級は大佐、伯爵位を持っておりながら軍部の元エースパイロットという貴族軍人としては異色の経歴を持っている。異称、黒猫(ブラックキャット)。黒い機体のボンネットに猫の細い目の様なマークがあったことからその名が来ており、工藤の部隊の生還率は80%を越えるという驚異的な数字を残す伝説のパイロットであった。そのかつて天才と言われた男は今、参謀長として空中戦の指揮を執っている。




「なぁ黒羽、これ何だ?」
「…ああ、それはエンジン模型だ。未だ試作品に過ぎないが、いずれ機体に乗せたいなとは思ってる。小型化出来れば機体がコンパクトになって、ターンの半径が小さくなるメリットは大きい」
「ふぅん。オレが乗ってる時に開発してくれりゃよかったのに」




工藤は唇を尖らせた。黒羽は聞いているのか聞いていないのか、赤を塗る作業に没頭している。それをさして気にもせず工藤はエンジンの模型を頭上に持ち上げじっくりと観察する。工藤は実の所、エンジンにはさして深い知識は無い。整備は整備士に任せていたし、大抵パイロットというのはそういうものである。基地の隅にあるこの半ば黒羽専用のガレージに息抜きついでに来るようになってからそう長くはないが、黒羽の普段の無関心さからは想像もつかぬこの熱に元来の好奇心が感化されてしまったのだ。今では最早、息抜きが目的なのかこの場に来て機械を弄るのが目的なのかはよく分からない。




「…ああ、明日飛んでもらうからそのつもりでいてくれよ」
「そりゃあいい。こうも陸にいると鈍るからな、そろそろ飛びたかった」
「…この死にたがり」
「そう言うなよ。上に知れたら飛べなくなる」
「他は皆死ぬことを恐れて飛ぶのに」
「はは、オマエだって死に場所を探して飛んでいたくせに」




工藤は再び嫌そうに眉間に皺を寄せた。否定はしない所が図星を指された証拠だろう、と畳み掛けるように黒羽は嗤う。昔のことを蒸し返されて大いに気分を害した工藤大佐はカタンと音を立てて模型を置くと、作戦は明日の午後だから調整しておくように、と言って黒羽に背を向けたまま一度も顔を見ることなく出て行った。それに暫くして耐えきれないとばかりに噴出した黒羽は長いこと小刻みに肩を揺らし、もし今日の内に会う時でもあれば軍人にはあるまじき優しさだと工藤の言動を非難してやろうと思った。彼は彼なりに言葉を選んで自分を心配しているのだと、黒羽は知っていた。知っていてそれを揶揄し、そ知らぬ振りを続けている。馬鹿なのは自分も同じなのだろうな、と黒羽は煙草に火を着けた。明日には空で舞うことが出来る。高揚を表すかの様に白い雲のような煙が目前でゆらりと揺れた。




 


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